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模擬宇宙生活実験のクルー(女子大生)

髙階美鈴さん

「本気で死ぬと思いました。といってもまあ、実際は別に死なないんですけど・・・」宇宙服を着た船外での活動中に、宇宙服に空気を送るバッテリーが切れそうになり、髙階さんはかなり焦っていた。なにしろここは「宇宙」であり、バッテリーが切れるということは、すなわち「死」を意味するからだーー。

2019年2月から3月にかけて、4人のクルーが16日間にわたり閉鎖された環境で過ごす「模擬宇宙生活実験」が千葉県船橋市の元南極観測船「SHIRASE」船内で行われた。企画したのは極地建築家で国際的な模擬宇宙実験にも参加する村上祐資。実験では副隊長として閉鎖生活を送った。隊長はやはりアメリカでの閉鎖実験の経験もあるインドネシア宇宙科学協会のベンザ・クリストが担った。だがほかの2名は、それまで全く宇宙とは関係のない、普通の若者が選ばれた。閉鎖実験? 何それ。そんな一人だった髙階美鈴さんに話を聞いた。

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将来の夢はパティシエ。フランスに留学し、お菓子を学ぶ大学4年生。宇宙に特別な興味はない。実験に参加したきっかけは以前、大学で特別授業をしてくれた村上さんと知り合ったこと。宇宙に興味はなかったが、「極地建築家」という職業や、宇宙や極地を通して人と人との関係性について考える村上さんに興味を持ったからだ。

「火星に行く宇宙飛行士」として、この不思議な実験に参加することをきめてからも、また実際、扉が閉まって実験が始まってからも「実は、何をしたらよいかまるで分らなかったんです」という。

グリーンカード

実験開始3日目、突然、室内の電気が消えた。これは船外から仕組まれた、いわば極秘命令(グリーンカード)だった。突然の出来事に驚きながらも、なんとか電気は復旧させられた。だが通信に問題が残った。Wi-Fiのルーターが復旧していなかった。これでは「地球側」で待機する管制官と通信ができない。その異常に真っ先に気付いたのは副隊長の村上さんだった。髙階さんたち若手クルーにはその異常が見つけられなかった。「見飽きるくらい知っていたはずのせまい部屋の中の出来事なのに、停電の前と後の違いに気づけなかった。私はこの時、いかに普段の暮らしについて、周りを意識せずに過ごしているかを実感しました」。

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この出来事をきっかけに、船内の空気が変わった。ここは宇宙なんだ。本当の宇宙であれば異常事態は死に直結するということを肌で感じるようになった。

髙階さんに与えられた役職は「ジャーナリスト」。実験中に起こることを毎日できるだけ客観的に記し、外部に発信する役割だ。髙階さんはこの役割で良かったと感じている。「毎日出来事を書くことで、自分の気持ちが整理でき、少しずつこの実験がどんなことか、わかり始めてきた」と振り返る。
船外活動(EVA)は今回の実験のなかでハイライトだった。宇宙服を確実に着用し、エアロックで減圧して、船外に出る。「かなり緊張しました。実験中、あの空間は私たちにとって本当に『宇宙』だったんです。だから電源が切れそうになった時は本当に死を感じました。でも実験終了後にもう一度、同じ場所に行ってみたのですが、その時はもう単なる『船の機械室』に戻っていました」

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「ないものを探す」から「あるものに目を向ける」へ

実験中はまるでスイッチが切り替わったかのように、その空間の意味が変わった。4日に1回しかシャワーが浴びられないことも、気にならなかった。「閉鎖空間は、普段とはぜんぜん違う空間でした」
ここは宇宙。人も物も、足りないものがあっても、扉を開けて外から持ちこむことはできない。思考はすべて、今いる人たちで、いまあるものを使っていかに快適に過ごすかに向けられる。すると、最初は椅子なしで暮らしていたのが、途中からコンテナケースを椅子として使い始めた。使い捨てスプーンの先は、オセロの駒に変わった。ないものを探すのではなく、そこにあるものに目を向けるようになっていった。

模擬宇宙でもっとも大切だったのは、モノではない。クルー同士のコミュニケーションが一番大事だったという。「なにせ私たちはお互いに命を預け合っているんですから」。そんな感覚を味わったのも、閉鎖環境という不思議な空間で過ごしたからだ。「中に入らなかったら、そんなこと、考えられませんでした」

今回の宇宙生活実験が今後の人生にどう役立つのかまだわからない。でも「今まで経験したことのない環境の中で、自分の力で何かをやり遂げることができたと感じることは、よい経験になった」と考える。
実験が終わり、扉を開けて外に出てきた髙階さんは「できればまだまだ続けたい」と話した。「今回はいいチームができてきたところで終わりました。もう少しこれを続けたらどうなるんだろうか。もう少し人間性が出てくるんじゃないか」と、その先におきるかもしれない世界に興味がわき始めていた。

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もしまた模擬実験が行われるとしても、今のこところ、自分から実験に参加する気はない。でもあの特別な時間を思い出すと「誘われたらまたやっちゃいそうで怖いんです」と笑う。

(文・今井尚、写真、柏倉陽介) ※所属、年齢は当時


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