podcast みみ騒ぎに恋してる Season2 Ep,2 [今宵の月のように / エレファントカシマシ]

この番組はSpotifyで視聴できるようになりました!

文字コンテンツとしてもお楽しみいただけるよう、上村翔平作の短編小説としてnoteに投稿していこうと思います。
テーマとなる曲を聴きながら、お楽しみください。

引き続き、皆様に楽しんでいただけるように、色々と取り組んでいきたいと思います。ご意見ご感想、そして妄想リクエストは#ミミコイを付けてTwitterに投稿してください。

『どうも!ありがとうございました!』
(パチパチパチ)
数人のお客の拍手が小さなホールに鳴り響いたかと思ったら泡のように弾けて消えた。

遥夏(ハルカ)は嫌なくらいの無音に包まれたステージを降り、追われるように相方の望(ノゾム)とタバコ臭い狭い楽屋へと急いだ。

『ハルカよぉ、なかなか上手くいかへんなぁ』

『気にする事あらへんて!去年は準優勝まで行ったやん!もうすぐ俺らの時代や!』

高校卒業と同時に組んだ漫才コンビ "十六夜バットマン"(ヨミ:イザヨイバッドマン)も結成から早15年。

"十五夜" という満月の見頃を現した言葉がある。"十六夜"とはその翌日の月も見頃で希望の新月に向かう事を現した言葉だ。

お笑い時代最盛期を迎えた結成当時、そんな過渡期を超えて新たな時代を築いていこうという願いが込められた名前だ。

『まぁ、呑みいこや!打ち上げや!打ち上げ!』

2人は馴染みの居酒屋"牛タン十兵衛"へと向かった。

『らっしゃい!あぁ、お前らか!あい!いつものね!』

10年も通いつづけた十兵衛、店主からの"お前ら"は親愛なるニックネームだ。

乾杯と同時につけたタバコ。

ひとときの安堵の時間が訪れた。

沈黙の中、入り口付近に飾られたテレビを2人は同時に見上げた。

『手前♪手前♪手前♪手前♪手前味噌三丁、どーも!ありがとうございましたー!』

養成所時代の同級生"手前味噌三丁"が狭い画面の中を縦横無尽に暴れまくる。

『ほんまくだらんなぁ、こいつら』
『なんーもおもんないわぁ!』

言葉とは裏腹に、2人は釘付けだったテレビから目を剥がし、牛タンに頬張りついた。

『ごちそーさん!』

ガラガラガラガラ〜
2人は居酒屋を後にした。

くだらねえとつぶやいて
醒めたつらして歩く
いつの日か輝くだろう
あふれる熱い涙

去年の年末、準優勝した。
それは事実だ。
そして時の流れは残酷だ。

賞レースの直後、開催したワンマンライブは噂を聞きつけたお客で満員御礼。

しかしその栄光は三ヶ月と続かなかった。
諸刃の剣は文字通り折れ去った。

酔いすぎたのだろうか。
地元最強のヤンキーとして同世代に恐れられ、血も涙も無い人間かどうかすら疑うほどの悪党だった望が涙を流した。

いつまでも続くのか
吐きすてて寝転んだ

商店街を行き交う酔いどれ他人に目もくれず
望はそのど真ん中で寝転んだ。

見兼ねたハルカは酔いどれ他人を尻目に隣へ寝転んだ。

ビルとビルのちょうど間に月が見えた。

十五夜、今日はちょうど満月。

俺もまた輝くだろう
今宵の月のように

そして十六夜バットマンが希望の翌日を迎える事は無かった。

この夜、2人が別れた直後、望の最愛の父が急病で倒れた。

望の父は地元大阪で小さな食品工場を営んでいた。

望はどうにもこうにも後を継がなければならなくなり始発で地元へと行ったっきり東京へ帰って来れなくなってしまった。

"遥夏バットマン"としてピン芸人での活動を初めて2年が経った。

幸か不幸かテレビにも少しづつ出始め、今日は馴染みの居酒屋十兵衛にやっとサインを置かせてもらった。

ガラガラガラガラ〜(居酒屋を後にする遥夏)

夕暮れ過ぎて きらめく町の灯りは
悲しい色に 染まって揺れた
君がいつかくれた 思い出のかけら集めて
真夏の夜空 ひとり見上げた

『くだらんわ!ほんまおもんねぇわ!』

街行く酔いどれ他人に目もくれず、遥夏は夜空に吠えた。

新しい季節の始まりは
夏の風 町に吹くのさ

今日もまたどこへ行く
愛を探しに行こう
いつの日か輝くだろう
あふれる熱い涙 


いつのまに家に帰ったのだろう。
目が覚めると、時計の針は夕方4時を指していた。

今日は久々のオフ日。

『オフ日なんて贅沢な言葉を使う日が来た事は光栄やな』

遥夏は一人、天井に話しかけた。

望とルームシェアしていた木造の1LDKも今ではガランとしている。

テレビの上でホコリ被っている準優勝トロフィーに目が移る。

『よっしゃ!連れてくわ。』

遥夏はまた1人、トロフィーに向かって話しかけた。

ポケットに手を つっこんで歩く
いつかの電車に乗って いつかの町まで
君のおもかげ きらりと光る 夜空に
涙も出ない 声も聞こえない

『次は大阪〜 大阪〜 プシューッ』

新大阪から鈍行に乗り、懐かしい夜景が車窓に広がった。

この大きな河を渡り切ったところが望の実家だ。

ピンポン♪

ここまでの足取りとは裏腹に軽やかな玄関チャイムが夏の夜に鳴り響いた。

ガチャ♪

目の前には汚れた作業着に包まれた小太りの男が立っていた。

子供の声が奥から僅かに聞こえる。

『ちょっと行ってくるわ』

望は遥夏を見つめたままその言葉を放ち、玄関から飛び出した。

無言に近い当たり障りの無いカタコトのような会話をする二人。

こっちの午前中は雨だったのだろうか、少しだけ濡れた河川敷の芝生に座り込み、そして寝そべって夜空を見上げた。

『懐かしいな〜!元気そうでよかったわ〜!テレビ観たで!遥夏バットマン!』

二つの瞳から込み上げた涙は真横に広がり両耳へと伝った。

『お前に渡そう思て、トロフィー持ってきたわ!』

時に沈黙は言葉よりも語る

今日2人はその意味を知った。

時折通る電車の音と鼻を啜る音だけが、リズム良く故郷の空へと立ち昇った。

『まぁ、頑張れや、、、』

鼻声混じりに望が放つ。

『お前もな。遅なったけど結婚おめでとさん』

もう二度と戻らない日々を
俺たちは走り続ける

明日もまたどこへ行く
愛を探しに行こう
いつの日か輝くだろう
あふれる熱い涙

明日もまたどこへ行く
愛を探しに行こう
見慣れてる町の空に
輝く月一つ

いつの日か輝くだろう
今宵の月のように

いつもサポートありがとうございます。本作がお気に召しましたらサポートよろしくお願いいたします!次作も乞うご期待。