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酒の細道①大阪

 こんなとこによく来たね。入りづらかったでしょ。
 こんな言葉を投げかけられた時の酒を、求めているのかもしれない。

 今年の10月初め、僕が参加させてもらっているアーバンミクスチャーバンド、asobiのライブが大阪であった。三年連続で呼ばれているサーキットフェスで、毎年大阪に行くきっかけをくれるイベント。新曲もセットリストに加えられて、非常に密なライブができた。その後、例によって難波エリアの夜街に繰り出す。渋い店。定義はあえて言及しないが、渋い店を探して夜街を歩くことが多い。だが今回は行く当てがあった。
 去年、難波の裏路地の突き当りに一軒のこじんまりとした居酒屋を見つけた。メンバーと一緒に恐る恐る引き戸を開けると、ご高齢のかわいらしい女将が一人で切り盛りをしていた。あら、若い人たち。そこどうぞ、こんな奥まったところに、よく来ましたねと。お邪魔する。早々に先客が帰り、女将と話す。僕らバンドやっててライブで大阪に来たんですよと。ものまね歌合戦のような番組が流れる店のテレビを見ながら、あらま、ここに出ることも近いのかしら。いえいえそんなもんじゃないです。だが、なかなか酔っぱらっていた僕はたまたま着ていたasobiのTシャツ(僕が勝手に作った非売品)を渡した。一点ものなんで貴重ですよ、僕らコレ、いつか出ちゃいますから。じゃあ、お店に飾っとくわね、と店の壁にハンガーでかけてくれた。今思えば横柄な態度だった。でも、女将は僕の酔っ払いを受け止めてくれた。というか、このお店めちゃくちゃに酒が濃い。酒のサービスが高級ホテル並みだ。そりゃ出来上がってしまう。麦焼酎ソーダ。7割麦焼酎。愛の濃さ。懐の深さ。まだまだ酒も進み、女将とメンバーとで泣いては笑っての夜だった。また、大阪来るときは会いに来ますと約束した。
 そして、この前の10月、再び訪れた。Tシャツは壁に掛けられていた。たばこのヤニで黄ばんだTシャツに、一年の時を感じた。女将のお酒は相変わらず濃かった。変わっていくものと変わらないもの。今回も大いに酔わせてもらった。また来ますと別れた。

一年越しのasobiTシャツ
(左から後藤スパイシー、Isami Shoji)


 今回は延泊してもう少し大阪を堪能した。
 味園ユニバース。名前だけ知っている。そのビルの二階にはディープなバーがひしめき合っている。そう、連れが情報を仕入れていた。これは調査だ。18時過ぎに行ってみると、ほとんどのバーは開いていなく、閑散としていた。それでもこちらを凝視する明かりのついていない看板たちから、ここは深いぞと静かな視線を感じた。
 押し寄せる期待感を殺しつつ、別の場所で少しひっかける。数年前に弾き語りライブで訪れた際、ファンの方が連れていってくれたお店に足を運んだ。大阪に来たらデルカップ。その言葉を胸に刻んでいた。薬草酒のようなショットを飲み干し、頃合い良し。いざ味園ビルへ。とはいえ、思っていた以上にデルカップが頭を熱くしたため、少し風に吹かれながら遠回りして向かった。

大阪に来たらデルカップ


 入口付近のアイリッシュバーには外国人多数。壁に貼り付けられたポスターは主張激しいが、光った看板たちは思ったより優しい目をしていた。しかし、どこも入りづらい。どうしたもんかと、一周。そういえばここ、さっき来た時にギターの音がした、と連れ。たしかに音、していたな。彼女は単身ミュージックバーに出入りしている手練れだ。嗅覚は犬のそれよりも鋭い。

ひしめくバーたち


 恐る恐るドアを開ける。白髪の長顎髭のマスター。右側にアンプとギター数本。テーブル席に若い男女二名とカウンターに常連と思しきおっちゃん。体の距離がありながらも四人で話しているようだった。どうぞと言われ、カウンターに座る。こんなとこによく来たね。入りづらかったでしょ。マスターと常連のおっちゃんにほぼ同時にそんなようなことを言われた。背後の壁の二面にレコードがびっしりと見えた。カウンターに所狭しと並べられたウイスキーに肘の置く場所を奪われながら、マスターおすすめのウイスキーソーダを流し込む。柑橘が香った。二杯目半ばくらいだったか、年上の男女が入ってきた。マスターと仲が良いらしい。東京で今度ライブがある。東京から来たんだったら、宣伝のために一曲弾かせてもらおうかとマスター。マスターはギタリストとのこと。さっき来た兄ちゃんを誘って、二人ギターを構え、「Sweet Home Chicago」。兄ちゃんは楽器リペアマンらしい。どちらも渋い音を鳴らす。今月後半に高円寺でやるから来てみてよとマスター。
 カウンター越しにマスター。僕らのリクエストをかけてくれた。12時前には僕ら二人とマスターだけになった。12時閉店を知らなかった。それを聞いてそろそろ帰らねばと思ったが、マスターが思い思いに曲たちを流し始めた。まだまだ夜は長いはずだが、僕らはもうどっぷりと浸かっていた。Charleneの「I've Never Been To Me」を流した後、The Temptationsの「I've Never Been To Me」。いいでしょ、カバーってのは原曲を超えなきゃだめなんだよ。超えなきゃやる意味がない。柑橘がより香った気がした。また言葉をもらったね。連れがそんなことを言った。

The Temptations 「Reunion」


 求める酒は探さなければ見つからない。一人で飲む酒も何人かで飲む酒も、探さなければただの酒。恐る恐るドアを開けるあの瞬間。味覚はすべて覚えている。

 その月、高円寺でマスターと再会するのだが、それはまたの折に。


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