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連載小説|ウロボロスの種

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六日目

 目が覚めると、私は身支度をして、ホテルのレストランで朝食を取った。レストランには、いかにも明るい風景画や、いかにも洒落た抽象画が飾られていた。給仕係がいかにもといった笑顔で、私のカップにコーヒーを注いだ。
 演出。虚飾。私はそう思った。
 私はほかの旅行者たちを見た。役割から解放された人たちがそこにはいた。
 演出と虚飾に見えたものは、自由がもたらす喜びの背景として、記憶に残されるものだった。記憶になれば、演出と虚飾は真実となる。つまり、ここにある演出と虚飾は、真実の種だった。そう考えて眺めてみると、真実の種のみがここにはあった。
 私は外に出て、海へと向かった。
 砂浜に着くと、私が円を描き、枝を立てたところに、三人の子どもたちが群がっていた。
 歩いて近づくと、驚いたことに、枝はまだ砂の上に立ててあった。子どもたちは、その枝に群がっていたのだ。
 「今度は僕の番だ」などと言いながら、子どもたちは代わる代わる、枝を引き抜こうとしている。
 どうしても引き抜くことができないようで、やがて子どもたちは諦めて去っていった。
 私は枝の近くまで寄ってみた。なんと、枝は太くなり、さらに長くなっている。しかも、小さな枝まで生えてきている。明らかに生長しているのだ。
 私は枝を引き抜こうとしてみた。しかし、枝はびくとも動かない。
 私は非常に不可思議に思いながらも、その場を去るしかなかった。

 奇妙な枝のことを誰かに話したくなり、私はフェデリコのことを思い出した。私は大聖堂へ行き、腰を掛け、オルガンを聴きながら待った。
 フェデリコは演奏を終えると、私に気づき、こちらへ歩いてきた。私は立ち上がり、彼に話をした。
 「それはにわかには信じがたいですね」とフェデリコは言い、
 「一緒に行って見せてもらえませんか」と頼んできた。
 私たち二人は海へ向かい、砂浜を歩いた。私が立てた枝が見えてきた。
 枝のところにたどり着くと、フェデリコは右手で枝を握り、力を入れて動かそうとした。枝は少しも動かない。
 私たちはその場に立ち尽くし、考え込んだ。
 「根が生えているとしか思えません」とフェデリコは言った。

 夜、フェデリコと私は、バー・ニュクスにいた。
 フェデリコはネグローニを飲み、私はブランデーを飲んでいた。
 フェデリコの隣には数学者がいた。
 数学者は私のことを覚えており、
 「種についての思索は進みましたか」と尋ねてきた。
 「おや、どんな話があったのです」とフェデリコが興味を示した。
 数学者は、種に始まり、未来へ向けて幹、枝、葉を広げる植物の話をした。
 「すると、種は現在にあるというわけですね」とフェデリコは言った。
 「その通りです。種は現在にあり、そこから未来に向けて植物が広がっています」と数学者は言った。
 「なるほど。では、種は未来にあるという考え方はいかがですか」とフェデリコは数学者に訊いた。
 「種が未来にですか」
 「ええ。未来こそ未知。未来こそ未決定。すると未来こそが、可能性を孕んだ種ではありませんか」
 「未来が未決定だとは私は思いません。それに、現在こそが、可能性を孕んでいるのではありませんか。現在こそが、可能性を孕みつつ、これから展開していく種ではありませんか」
 「現在がこれから展開しうるのは、それこそ未来が可能性を孕んでいるからでしょう」
 「未来には終局がなければならないでしょう。現在という収束と、未来の終局。その両端があるからこそ、その間を分割し、計画を立てることも可能になるのです。つまり、種の計画、種の可能性には、未来の終局が必要だということです」
 種は現在なのか。種は未来なのか。私は話を聞きながら考えた。可能性を孕んでいるのはどちらなのか。
 フェデリコと数学者が熱心に議論している隙に、私はリリィに話しかけた。
 「あなたの考えも聞いてみたいですね」
 するとリリィは、手にしていた細長いマドリング・スプーンを、優雅に上に向けた。
 「現在も未来も、種の影。私はそう思います」
 現在も未来も種の影。可能性を孕んだ種は、現在と未来、双方の上にあるというのだろうか。種はマドリング・スプーンのまるい先のように上にあり、影を落とす。その影が現在と未来。私たちには影しか見えないが、本当の種は上にある。
 「現在と未来が影だとすると、過去は何ですか」と私はリリィに訊いた。
 「過去は夢です」とリリィは答えた。

 その夜、私はふたたび夢を見た。私は〈核〉を一つ一つ、根気よくほぐしていた。核が綻びるたびに、帯状のものが増えていく。
 〈核〉が少し減ってくると、体の内外を泳ぎ回る帯状のものの流れがよくなってきた。すると、それらが合流し、太いものが増えていくのに気がついた。
 脱皮の時は近い。私はそう感じた。


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