#43薬剤師の南 第7話-10 ヒーローの南(小説)

 シロは車の鍵を開けるとすぐさま冷房を最大の強さにした。後部座席に薫を座らせると、薫はすぐに横になってしまった。

「ちょっと、そんなに悪いの?」

「大した事ない。夕方までには治して行く」
 薫は素っ気なく応える。

「治すってどうするのよ!? そんなんじゃ稽古なんてできないじゃない!?」

「お姉。やるしかないんだよ。私みたいな、華も芝居のセンスもないのが生き残るには、このチャンスは絶対に逃せない。お姉も、お父さんもお母さんも、薫には役者なんてできないってずっと言ってたけど、そんなの私が一番わかってるんだよ。上を見ればとんでもなくうまい人がたくさんいてさ……でもさ、私にとって、テレビの中のヒーローは今でもずっと憧れで、新体操も演技の教室も続けるのは辛かったけど、私の中にはいつでもカッコいいヒーローがいて、そうしたら味噌っかすかもしれないけど事務所にも受かって……こんな私がここまで来れたなら、簡単に諦めるなんてできないじゃない……」

 睨むように私を見つめていた薫はしだいに泣き出しそうな声色に変わり、今の表情を見せたくなかったのか、ぷいと私から顔を背けた。

「シロさん、申し訳ないんですが、水と、あと胃薬が欲しいのでドラッグストアに寄ってもらえませんか? 後で何かお礼はしますので」

「お礼なんて別にいいんだけど……本当に大丈夫?」

「あと一日くらいどうにかします。しなければいけないんです」

 薫は完全に腹をくくってしまったようだ。どんな結果になろうと、もう私達が止めることはできないだろう。せめて今の症状を少しでも和らげる方法はないのか。

「薫、調子が悪いのは今朝から?」

「うん」

「お腹のどのあたりが、どんな風に調子が良くない?」

「胃のあたりかな。何か痛むような、そんな感じ」

 今朝の食事は私と全く同じで、シリアルと野菜ジュースの二品。それを食べた私の胃の具合は特に悪くなってはいない。ならば原因は昨日や一昨日の食べ物なのか?

「あ、メール来た」

 薫のスマホから短い着信音が鳴った。マネージャーから台本のデータと稽古の場所の地図が送られてきたのだ。

「台本読まなくちゃ……」

 薫は仰向けのままスマホを上にかざして画面を操作する。今日の薫は日焼け対策も兼ねているのか、薄手の長袖を一枚羽織ったまま国際通りを歩いていた。その袖口が下にずれ――そこに信じがたいものが見えた。

 昨日薬局で渡したものと同一と思われるロキソプロフェンナトリウムのテープ剤が、左の手首に貼られていたのだ。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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