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#52薬剤師の南 第9話-2 隠れ家(小説)

 処方の薬は隣の銘里記念病院の整形外科から、メコバラミン錠が二十一日分。

 メコバラミンという薬は端的に表すならば、ビタミンB12そのもの。手足のしびれや痛みが末梢神経の損傷によって引き起こされている場合に、その神経の修復を補助するビタミンである。
 それにビタミンB類はビタミンAと違って体外に排泄されやすい水溶性ビタミンの一つ。過剰な服用はもちろん私の立場上勧めることはできないが、ビタミンAよりは危険性は低く、処方しやすい薬だ。手足に何かの症状があるのでとりあえず様子見、といった判断が下されたのだろうか。

 私が最後の確認を行っていると、ふいに川満さんが、

「――どこかで見覚えがあると思ったけど、和也君じゃない!」

 と受付の近くで待っていた知念さんに言った。

「はい、もしかしてと思いましたけど。お久しぶりです。川満さん」

 川満さんが私に耳打ちして、

「うちのご近所に住んでる子」

 なるほどね、と思いながら知念さんを呼び出し、話を聞く。

「草野球のチームに先週入ったんですけど、バットの素振りをやりすぎたみたいで、両手が全体的に軽くしびれてる感じですね」

「今、他に飲んでいる薬ですとか、サプリメント……他にも、特にたくさん食べている食品はありませんか?」

 私は一呼吸置いて、訊き方に少し工夫をこらした。さっきのビタミンAの話題――しかも若い年代での過剰摂取が目立つという状況ならば、この知念さんのような若い患者には単なる健康食品だけでなく『食べ物全般』に注意を払わなければならない。

「ああ、そういえば……彼女が食えって言うんで、二週間くらいレバーを毎日食べてますね」

 ――来た! まさか話をした途端に来るなんて。

 レバーはビタミンAが豊富な食材。それにプリン体も多いため、食べすぎの期間が長引けば痛風の原因にもなってしまう。いずれにしろ過剰摂取を見過ごすことはできない。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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