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#54薬剤師の南 第9話-4 隠れ家(小説)

「シロアリの防除の作業というのは……すいません、私はあまり詳しくないのですが、どんな風に作業をしましたか?」

「家の床下に潜ったりして、液状の薬を撒きました。自分とお義父さんでネットの動画やブログを見て、これなら業者に頼まなくても自分達だけでやれそうだと思って」

「防護服ですとか、ガスマスクのようなものは着けてましたか?」

「服装は長袖長ズボンの作業着と、風邪のときに使うようなマスクは一応着けてました。最近のシロアリ防除剤は安全に使えるって書いてあったので。何かマズいことがあるんですか?」

(ほぼ自己流ということか。これは薬を吸い込んでるかもしれない……)

 作業着で安全が確保できるのかはうまくイメージできないが、液体の防除剤に対してサージカルマスクの類で防護しようとするのは非常に危険な行為だ。吸入すれば末梢神経のしびれや頭痛も症状として現れることもあるだろう。

「――薬局でお渡しするような薬もそうなのですが、絶対に安全な薬というものはありません。シロアリの防除剤も同じです。安全だと言われている種類のものでも間違った使い方をすれば健康を害することがあります。その点はぜひ注意してください」

「……そうなんですか」

 知念さんの症状は複数の要因がオーバーラップしており、うちの薬局だけでの判断では限界がある。この場はシロアリ防除の件も含めて病院に伝え、再度の診察で症状の鑑別をしてもらわなければならない。

 店舗の電話を手に取り、奥に行こうとすると當真さんが近づいてきた。

「どうした? 何かゴタゴタしてたみたいだけど」

 私は當真さんに一連の出来事を説明する。

「ビタミンAにシロアリ駆除剤……とんでもないのが来ちゃったねぇ……ああそうだ依吹さん、今まで木曜のこの時間帯に、病院に疑義*1したことある?」

「たぶん、なかったかと……」

「そうか、この時間は……まあいいや。とりあえず疑義してみて」

 この時間に何があるというのだろうか。

 銘里記念病院の疑義は薬剤部への電話をかけ、その連絡を受けた病院薬剤師が処方医に確認を行うという流れになっている。私はそこへ電話をかけた。

「はい、薬剤部の糸数です」

(糸数さん?)

 勤務していることは当然知っていたが、私がかけた電話に出たのはおそらく初めてだ。

「スノーマリン薬局の薬剤師の南です。疑義照会をお願いします。患者様のお名前は知念和也様、病院のナンバーは〇二〇三三――」

 と私は必要な情報を読み上げていく。

*1 疑義照会の略語。処方内容等に不明点がある場合に、薬剤師が処方医に確認を行うこと。

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。


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