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#55薬剤師の南 第9話-5 隠れ家(小説)

「知念さんですが、最近問題になっているビタミンAの摂取のためにこの二週間ほどレバーを大量に食べていることと、さらに一週間前にシロアリの防除作業をして、その際に防除剤を吸い込んでしまったようです」

「なるほど」

「あと現在、知念さんの主訴の手のしびれの他に、頭痛が続いているというお話です。これらについては、診察ではいずれの話もドクターに伝えていなかったとのことです。手のしびれや頭痛はビタミンAやシロアリ防除剤が原因という可能性もあります。病院で再度ドクターの診察をしていただけないでしょうか?」

「話はわかりました――それで、シロアリの薬剤のほうですが、原因物質とこちらでする対処の内容は?」

「え?」

「その薬剤にどんな物質が入っていて、病院ではどんな処置をすればいいんですか? という話です」

 予想外の返答だった。そんな細かなことまで訊かれるとは。
 私がまごまごしていると糸数さんは小さな溜息をついて、

「答えられないとは、疑義照会をする前に当然すべきの調査や薬への理解が足りてないですね。もう一度きちんと確認してから電話をかけ直しなさい」
 と電話を切られてしまった。

「電話の相手は糸数?」と當真さん。

「はい。シロアリ防除剤に入ってる物質と病院で必要な処置を調べるように、と言われて」

「ったく、あいつ……糸数はこの曜日の昼になると病棟から降りて、薬剤部の常駐の人達の昼休みの入れ替わりで疑義の電話番をしてるんだよ」

 気のせいだろうか? 言葉の節々から、當真さんの糸数さんに対しての当たりが随分強いような印象を受ける。

「それで、私、電話ですぐに答えられなかったんですが……原因になってるかもしれない物質を一つ思い出しました」

「ほう」

「――ヒ素、ヒ素中毒です」

「ヒ素?」

「確か、シロアリ防除の業者がヒ素化合物を扱うには届出が必要って法律があったはずです。だったら知念さんが使った薬剤にヒ素が入っていることも――」

「ヒ素ねぇ……本当に入ってるのかな?」

「え?」

「私もシロアリの薬なんて詳しくないから正確にはわからないよ? でもヒ素が入ってるってことだと……そこはかとなく事件のにおいがするねぇ」

 事件……ヒ素ってそういうイメージなのか。

「そもそも患者さんの今の症状とヒ素中毒の症状は合ってるのかな? いや、私も病院にいたころはヒ素の患者さんなんて対応したことがないからわからないけどさ」

「症状が、本当に合っているのか……」

 私が考えていると新垣さんがやってきた。

「當真さん、照屋さんの処方箋ファックス来ました。薬は呉屋さんに監査してもらってます!」

「ヤバい、来ちゃったか……じゃあ私照屋さんのところに行ってくるね。自分で調べてどうにもならなくなったらすぐ呉屋さんか社長に頼んで疑義を押し切ってもらって。糸数の名前を出せば二人も納得するだろうから。瑠花子さん、社長呼んで下の手伝い頼んでおいて!」

 と當真さんは社用車の鍵を取って慌ただしく外出していった。

 當真さんは不在、薬局の中は患者さんが詰めかけている修羅場、そして何が入っているかがわからないシロアリ防除剤。

 それに、知念さんをこれ以上いたずらに待たせるわけにはいかない。

 ――どうする!?

※この小説はフィクションです。実在する人物、団体等とは一切関係ありません。また、作中の医療行為等は個人によって適用が異なります。

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