香山の2「Chain」(04)

「日本人は、店員と会話をしないらしいな」
 などと、明(あかり)は吐き捨てた。受注した依頼についての説明を行うために呼び出し、中洲川端の風俗街を歩きながら説明を終えたところであった。風俗街なら警察の目が少ないのだ。
 だが、明、ふとこの名前について考えた。私が今まで出会った人間の中において、あかり、と読ませる男は偏狭であるのだが、彼はそのうちの一人に属する。最初のうちは多少ながらもそう呼ぶことに抵抗を覚えたのだが、人間慣れの生き物と言わんばかりに私はその呼び方が板についてしまった。彼の顔がアンドロジナスな魅力を有しているのかと言えば、どんな工夫をもってしても女装できないような顔立ちであるし、仕事柄、肉体を酷使するために、隆々とした素晴らしい筋肉を宿している。なんにせよ、私は彼を、あかり、と呼ぶのだ。
「だからなんだ。普通のことだろう」
「うむ、確かにそうだ、残念ながら。それが普通なのがおかしな話なのさ」
 さあどうだか、という感じで私は肩をすくめる。
「Rude(失礼な)!」
 どきっとした。明は割に大きな声でそう言い、続けていく。
「くだらない。例えば、ニュージーランドに目を向けてみたらどうだ。そんな日本人の固定観念、なくまっちまうよ、香山」
「また西洋かぶれが始まったか。何度も言うようだが、民族を一括りにした発言をするべきではないと橋下知事が言っていたことを忘れたのか」
 香山は私が奴に呼ばせた名前だ。それが本名かどうかはさておき、響きがいい、と自分では思っている。気に入っている。漢字で書くとさらにいい。爽やかな印象が得られるのだ。
「ダメなのか、西洋かぶれは? そんなことはない。しかも、俺は折衷しているだけだ。日本人の良さってのも心得ている。それは、和だよ、和」
「悪く言えば、迎合」
「鬱陶しいことを。とにかく、日本人の美徳というのはだ、自分の属する共同体の中で各々の立ち位置に留まることであり、そうしてエゴの衝突を避けられることを忘れてはならない。ところが、西洋にいるキリスト教の信者どもは、自分達が神を始点とした位置ベクトルに過ぎないと思っているらしい。これが問題だろう。人間というのは、何事にも個人として存在する自分の脳の思考を介さねばならない以上は、主観的な意見を排除しきれないんだ。それぐらいは自覚しなくちゃいけない。だから、他人のベクトルと自分のベクトルを見合わせて、どう動くかを見極められるかどうか、がその共同体がどれだけ強くなれるかに大きく関わってくるわけ」
「けどだ、明」
 理論はなんとなくわかるが、どうにも数学チックで聞くに堪えない。彼は読書を忌避するかのような言動をしながら、哲学に精通していたため、自分の勉強を隠しているように思われる。人間はだれしも、どこかで自分の存在に不安を感じて自殺をしたり、知識の甲冑を得たりするものだから、そんな見栄には触れなかった。それはともかく、反論といく。
「くどいな、殺すぞ」
「ぞっとするね、殺し屋に言われると」
 と、グラスホッパーに書いてあった台詞を口にしてみた。実際に彼は世間で言うところの「殺し屋」で、蝉と同じナイフ使い。勿論拳銃だって使うが、明は、振る、というワンアクションで人を殺せるナイフの方を好む。だが、これはマスターキートンに書いてあった(ナイフは消音機能にも優れていることを忘れてはいけない)。この論理は、殺そうとする相手が、彼の腕の長さの範囲内にいる場合のみに正しい。遠距離からナイフを投げることで、見栄えのいい棟的武器にもなりうるのであるが、一度に持って、身軽に動き回るためにはどうしても二つあたりが限度だ。それ以上はかさばってどうにも動きづらいし、ナイフが鞘から外れてしまう可能性も増えてしまう。投てき。そんな条件の下で、数に限りのあるナイフを失いかねない行動に出るものか。私は話を続けて、
「ていうか、そんなこと言っているようだが、俺達は完全に共同体から遊離した不届きものだ。請負殺人だなんて、一体この日本のどこにこんな職業の必要があるのだ。俺は仕事を取ってくる。お前は殺す。シンプルだけど、とんでもない量の経験と知恵がいる。でも、それはこの共同体から、少なくとも法からは、これでもかというくらい逸脱してるよ。お前に、そんなことを言う資格があるとは思えない。では問おう。お前の和の精神、どこにあるんだ」
 黙った明は眉をひそめて、私と並んで歩く。穏やかながらも冷たい風が吹いて、私はコートの前を両手で閉じた。そのとき、ちらっとベルトで挟んだ拳銃が銀色を発したが、行き交う人は誰も気づかない。二人の間に革靴の音のみが響く。
「くそっ、とか、まずは悔しさを言葉にされてみてはいかがでござんしょ」
「しょぼーん」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?