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「観る将」が観た第48期棋王戦五番勝負第一局

2月5日、長野市の長野ホテル犀北館で棋王戦五番勝負が開幕しました。既に永世棋王の資格を持つ渡辺明棋王(名人)に挑むのは、今や将棋界の第一人者となった藤井聡太竜王(王位・叡王・王将・棋聖)です。

渡辺棋王は、前期に永瀬王座を挑戦者に迎え、3勝1敗で降して10連覇を成し遂げています。藤井竜王は今期、挑戦者決定トーナメントの準決勝で敗れたものの、敗者復活戦を勝ち上がり、挑戦者決定二番勝負で佐藤(天)九段に2連勝して挑戦権を獲得しています。

両者の対戦成績は藤井竜王が12勝2敗と圧倒しており、番勝負でも第91,92期棋聖戦、第71期王将戦で顔を合わせ、いずれも藤井竜王が制しています。渡辺棋王としては、相性の良い棋王戦で意地を見せたいところだと思います。

前日に行われた開幕式では、渡辺棋王は「藤井竜王とは初めての棋王戦ということで新しい局面に入り、気を引き締めているところです」、藤井竜王は「最後まで見て楽しんでいただけるような将棋が指せればと思います」と抱負を語っています。


戦型は角換わり相腰掛け銀

落ち着いた雰囲気の対局室に渡辺棋王が灰色の着物と臙脂色の袴に濃紺の羽織で入室すると、藤井竜王は白い着物と濃緑色の袴に淡い若草色の羽織で入室します。珍しく2回も振り直しとなった振り駒で先手となった藤井竜王が、いつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突き、角換わりに誘導します。渡辺棋王は受けて立ち、相腰掛け銀の将棋となります。

端歩の駆け引き

渡辺棋王が端歩を受けず、藤井竜王に9筋の位を取らせる代わりに、7筋の歩を突き捨てから駒音高く桂を跳ねて先攻します。藤井竜王が銀を6筋に引いてかわすと、渡辺棋王は飛先の歩を交換します。藤井竜王が6筋の歩を突いて桂を取りに行くと、渡辺棋王も3筋の歩をぶつけて先手の桂頭を狙います。

藤井竜王の自陣角と渡辺棋王の馬

藤井竜王が5筋に自陣角を打って桂頭を守ると、渡辺棋王は7筋の金頭を歩で叩き、桂を交換してから3筋の歩を取り込みます。藤井竜王が角で歩を取ると、渡辺棋王は9筋の歩を突き捨て、歩で香をを吊り上げて空いたスペースに角を打ち込み馬を作ります。

藤井竜王の継ぎ桂

藤井竜王が9筋の歩を成って"と金"を作ると、渡辺棋王は6筋の歩をぶつけます。両者ともほとんど時間を使わずに指し進めてきましたが、ここで藤井竜王が初めて手を止め、51分の長考で馬に当てて歩を打ちます。渡辺棋王が馬を引いて香に当てると、藤井竜王は2筋の歩を突き捨て、継ぎ歩では甘いと見たか歩頭に継ぎ桂を放って銀に当てます。

残り時間の差

渡辺棋王が少考で銀を上がってかわすと、藤井竜王は空いたスペースに歩を打ち込みます。渡辺棋王が桂で取ると、藤井竜王は次の75手目を30分程考えて昼休となりました。まだ渡辺棋王の研究範囲と思われますが、AIの評価値は藤井竜王の59%とわずかに傾いています。各4時間の持ち時間の内、残り時間は渡辺棋王が3時間39分、藤井竜王が2時間5分と1時間半以上の差が付いています。

長考の応酬

藤井竜王が昼休を挟む39分の長考で9筋の香頭を歩で叩くと、渡辺棋王は初めて手を止め、66分長考して2筋で桂を交換します。藤井竜王が9筋の香を取り、"と金"を前進して飛車に当てると、渡辺棋王は飛車を6筋にかわします。藤井竜王が46分考えて残り45分となり、3筋の銀頭を歩で叩くと、渡辺棋王は銀を4筋に引いて陣形を引き締めます。

藤井竜王の垂れ歩

藤井竜王は2筋に歩を垂らしますが、この手はAIの推奨手にはなく、解説の広瀬八段も「不思議な手」と評しています。一瞬AIは藤井竜王の47%と評価を下げましたが、時間の経過とともにまた藤井竜王の58%に戻ります。

渡辺棋王の早逃げ

渡辺棋王は14分の少考で残り時間が1時間となり、8筋に桂を打って先手陣の銀に当てますが、藤井竜王は垂れ歩の裏に香を打って攻め合います。渡辺棋王は玉を4筋に早逃げし、藤井竜王が2筋の歩を成って金に当てると、金も4筋に寄ってかわします。AIの評価値は藤井竜王の71%と傾いてきました。

藤井竜王の金の進軍

藤井竜王が金取りに桂を打って畳み掛けると、渡辺棋王は桂で7筋の銀を取って王手で反撃します。藤井竜王は金で取り、渡辺棋王が再度桂を打って金に当てると、桂で後手陣の金を剥がしてから金を8筋に上がってかわします。渡辺棋王が6筋の歩を取り込み先手玉に迫ると、藤井竜王は8筋に上がった金を更に7筋に上がって馬に当てます。

渡辺棋王の勝負手

渡辺棋王は時折斜め上に視線を送り、忙しなく扇子で扇ぎながら32分考えて残り19分となり、馬で金を食いちぎる勝負手を放ち、金を7筋に上がって飛車の利きを先手陣に通します。藤井竜王が角で王手し、更に金で王手を続けてから金で銀を取ると、渡辺棋王は飛車を角と刺し違えて手番を握ります。

連続王手

渡辺棋王は残り5分まで考えて銀で王手しますが、藤井竜王が玉を5筋に引いてかわすと、自玉を前進して上部脱出を図ります。藤井竜王が銀の王手から連続王手すると、渡辺棋王は手順に入玉を果たしますが、後手の攻め駒は一掃されます。藤井竜王が銀と飛車を打って後手玉を追い返し、角で銀を食いちぎって攻め駒を補充してから桂で王手すると、渡辺棋王は潔く投了を告げました。

まとめ

本局は角換わりの将棋となり、後手番ながら端歩を手抜いて先攻した渡辺棋王が馬を作りましたが、藤井竜王は持ち時間を投じて均衡を保ちました。研究を外れたと思われる渡辺棋王は長考を重ねて陣形を整えましたが、藤井竜王はAIの読み筋にもない垂れ歩を放ち、一気に優勢の局面を築きました。藤井竜王は守りの金を力強く前進して後手の攻撃の要となっていた馬との交換を果たし、入玉に望みを託した後手玉を捉えて寄せ切りました。
先勝した藤井竜王は対局直後に「第二局以降は先後が決まった形になるので、しっかり準備できればと思います」と話しました。渡辺棋王は「2週間ほど空くので、仕切り直していきたいと思います」と言葉少なに語りましたが、次局以降の熱戦を期待したいと思います。

棋王戦コナミグループ杯は、共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟が主催しています。
本稿は「棋王戦の棋譜利用ガイドライン」(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kiou)に従っています。インターネットでの棋譜の利用はすべて「営利を目的とする」ものとみなす(有償)と通知がありましたので、棋譜の利用は断念しています。

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