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「観る将」が観た第81期名人戦第三局

5月13-14日、第81期名人戦七番勝負第三局が、大阪府高槻市の高槻城公園芸術文化劇場で行われました。連敗スタートとなった渡辺明名人が巻き返すのか、藤井聡太竜王が奪取に王手を掛けるのか、注目の一局となっています。

前日のインタビューで、渡辺名人は「前局の負け方がちょっと良くなかったので、それを払拭できるような将棋を指していきたいなと思っています」、藤井竜王は「大盤解説会も大きな会場で多くの方に来ていただけるということで、ファンの方の期待の応えられる将棋にできればと思っています」と話しています。


序盤の駆け引き

広々とした対局場に、藤井竜王が黄緑の着物に灰色の袴と白い羽織で入室すると、渡辺名人は青灰色の着物に鶯色の袴と薄緑色の羽織で入場します。先手の渡辺名人が3手目に角道を開け角換わり志向の立ち上がりでしたが、飛先の歩を伸ばさずに銀を8筋に上がったのを見た藤井竜王は珍しく10手目に角道を止め雁木を目指します。

熟考の応酬

藤井竜王が22手目に早くも33分の熟考で7筋の歩を突くと、渡辺名人は6筋に右金を上がって急戦に備えます。藤井竜王が玉を4筋に上がって囲いに収めると、渡辺名人も32分の熟考で3筋に桂を跳ねます。次の30手目を藤井竜王が30分以上考えて昼休となりました。各9時間の持ち時間の内、残り時間は渡辺名人が7時間54分、藤井竜王が7時間26分となっています。

長考の応酬

藤井竜王が昼休を挟む50分の長考で6筋の銀を上がります。渡辺名人は9筋に角を飛び出して桂に当て、藤井竜王が飛車を上がって桂に紐を付けると、角を6筋に引きます。藤井竜王が力強く銀を5筋に前進すると、渡辺名人は銀を上がって金矢倉に構えます。藤井竜王が65分の長考で玉を3筋に引くと、渡辺名人は73分の長考返しで玉を入城します。

藤井竜王の仕掛け

藤井竜王が更に79分の長考で6筋の歩を突き捨て、4筋の歩を突いて角道を開けると、渡辺名人が考慮中に定刻となり、次の41手目を封じました。AIの評価値はほぼ互角、残り時間は渡辺名人が5時間27分、藤井竜王が4時間28分と1時間ほどの差となっています。

藤井竜王の角を巡る攻防

渡辺名人の封じ手は、飛先の歩をぶつけて攻め合う一手でした。藤井竜王がすぐに同歩と応じると、渡辺名人は角で取ってぶつけます。藤井竜王が角を4筋に上がってかわすと、渡辺名人は64分の長考で▲2三歩と垂らします。藤井竜王が8筋の歩を突き捨て、7筋の歩をぶつけると、渡辺名人は4筋の歩をぶつけて、先手玉を睨む後手の角に圧力を掛けます。

渡辺名人の飛車を巡る攻防

藤井竜王は7筋の歩を取り込み金で取らせてから、飛頭を歩で連打して角の利きで押さえ込みます。藤井竜王は金で2筋に垂らされた歩を取って角を1筋に追い、7筋の金頭を歩で叩いて上ずらせます。藤井竜王が次の60手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は藤井竜王の64%と少し傾き、昼休明けには70%と大きく傾きます。残り時間は渡辺名人が4時間6分、藤井竜王が3時間0分となっています。

角切りの強襲

昼休が明け、藤井竜王は飛車を走って王手し、渡辺名人が歩で防ぐと、5筋に回して飛成を狙います。渡辺名人が角を引いてぶつけると、藤井竜王は△7七角成と銀を食いちぎり、2筋の飛頭を歩で叩きます。この瞬間、AIの評価値は渡辺名人の65%と大きく振れます。渡辺名人が38分の熟考で同飛と応じると、藤井竜王は深い前傾姿勢で更に47分考えて△5八飛成と竜を作って銀に当てます。

銀を見捨てての反撃

渡辺名人は47分の考慮で銀を諦め▲5九歩と竜を追い、藤井竜王が竜で銀を取ると、▲4五桂と跳ねて角の利きを竜に当てます。藤井竜王は竜を3筋に寄って飛車に当てますが、渡辺名人は▲5三角成と王手で飛び込み飛車の利きを後手陣に通します。藤井竜王が残り1時間を切り、次の74手目を考慮中に夕休となりました。AIの評価値は渡辺名人の74%と大きく傾き、残り時間は渡辺名人が2時間16分、藤井竜王が58分と1時間以上の差となっています。

最終盤の駆け引き

夕休が明け、藤井竜王が残り28分まで考えて金で馬を取ると、渡辺名人は▲2三飛成と金を取って竜を作ります。ABEMAでは後手が角を打って詰めろを掛ければまだまだわからないと解説していましたが、藤井竜王は△4五銀と桂を取って詰めろを掛けます。ABEMAの解説陣はここで▲3三角と打てば詰めろ逃れの必死で先手勝ちと結論付けていますが、がっくりした仕草を見せない藤井竜王に疑心暗鬼になったのか、渡辺名人はあぐらになって大長考に沈みます。

渡辺名人の決断

渡辺名人が93分の長考で決め手となる角を放つと、藤井竜王は残り3分まで考えて竜で金を食いちぎり、王手を続けて先手に持ち駒の金を使わせてから自陣に金を投じて必死を逃れます。渡辺名人は金で角を取って自陣を安全にすると、後手玉に生じた即詰みを逃さず討ち取りました。

まとめ

本局は序盤から両者の駆け引きとなり、藤井竜王に雁木を選択させたのは、渡辺名人の思惑通りだったのかもしれません。。序盤からお互いに時間を使う重厚な戦いとなり、藤井竜王は角で先手玉を睨んで積極的に仕掛けましたが、渡辺名人も飛車で後手陣を睨んで反撃の機会を探りました。藤井竜王が角切りの強襲から竜を作って攻め込むと、渡辺名人は銀を見捨てる妙手から反撃に転じ、一気に後手陣に殺到して寄せ切りました。渡辺名人は最終盤の大長考について「踏ん切りがつかなかった」と話しましたが、何度も驚かされてきた藤井竜王の終盤力に対し、自分の読みを信じさせるために必要な時間だったのかもしれません。

防衛に向け1つ返した渡辺名人は、次局に向け「間を置かずにすぐにあるので、勢いを付けて頑張りたいと思います」と言葉を選びながら話しており、これまで大きく負け越している藤井竜王との勝負の流れを変えるきっかけにして欲しいと思います。藤井竜王は「すぐ来週にあるので、しっかり良い状態で臨めればと思います」とさばさばした表情で話しており、これまで通り気持ちを切り替えて更に強い将棋を魅せてくれるものと思います。本シリーズが歴史に残る大熱戦になることを期待しています。

名人戦は朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟が主催しています。
本稿は名人戦・順位戦における棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#junni)に従っています。

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