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「観る将」が観た第94期棋聖戦第一局

6月5日、第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負が、2019年から招致していたというベトナムの「ダナン三日月」で開幕しました。早くも4連覇を目指す藤井聡太棋聖と、タイトル初挑戦となる佐々木大地七段の顔合わせとなっています。

佐々木大地七段は長崎の離島出身で28歳です。三段リーグで2回の次点を獲得し、2016年にフリークラスでプロ入りすると、史上最速の10か月半でC級2組への昇級を果たしています。300局以上の通算成績が7割を超える数少ない棋士の一人で、今年度も11勝1敗と好成績を維持しています。

前期ベスト4により今期はシードされて決勝トーナメントから出場し、大橋六段(当時)、糸谷八段、渡辺名人(当時)、永瀬王座を倒して、自身初のタイトル挑戦権を獲得しました。ご存じの通り、王位戦でも挑戦者決定戦で羽生九段を降し、藤井王位への挑戦権を獲得しています。

これまでの対戦成績は2勝2敗と拮抗しており、藤井棋聖にとっては難敵の一人です。蛇足ながら、佐々木七段の師匠である深浦九段は「地球代表」の異名があり、かつては将棋星人と呼ばれた羽生九段を苦しめ、現代の将棋星人藤井棋聖に対しても3勝1敗と勝ち越していて、藤井キラーとも呼ばれています。

前日のインタビューで、藤井棋聖は「佐々木七段はここまでの内容も凄く充実されていて強い相手かなと思っています。自分自身も全力を尽くして熱戦にできるよう頑張りたいと思っています」、佐々木七段は「この夏は自分の棋士人生にとっても大きなタイミングだと思うので、悔いのないように、ただ力み過ぎないように楽しみながら戦っていきたいと思います」と話しています。


戦型は角換わり相腰掛け銀

畳が敷き詰められた対局室に、挑戦者の佐々木七段が薄緑色の着物と濃灰色の袴に落ち着いた雰囲気の濃鼠色の羽織で入室し、藤井棋聖が淡い緑色の着物と青灰色の袴に華やかな白地に細かい柄の入った羽織で入室します。振り駒で先手となった藤井棋聖が飛先の歩を突き角換わりに誘導すると、佐々木七段は受けて立ち相腰掛け銀の将棋となります。

藤井棋聖の仕掛け

佐々木七段は△4一飛と回して仕掛けに備えますが、藤井棋聖は構わず▲4五桂と仕掛けます。佐々木七段が銀を2筋に引いてかわすと、藤井棋聖は7筋の歩を突き捨ててから▲5三成桂と成り捨てます。佐々木七段が同玉と応じると、藤井棋聖は▲7四歩と桂を取りにいきます。藤井棋聖は更に▲8二角と打ち込んで攻め掛かりますが、佐々木七段は△7二金と寄せて角に当てます。佐々木七段は研究手順なのかほとんど時間を使わずに指し進めていますが、AIの評価値は藤井棋聖の55%とわずかに傾いています。

佐々木七段の反発

藤井棋聖が角で桂を食いちぎり、金を取って"と金"を作ると、佐々木七段は△5五歩と打って銀を引かせ、△4五歩と歩をぶつけます。藤井棋聖が▲3八桂と打って受けると、佐々木七段は飛車を7筋に回して"と金"に当て、▲7二金と打たせて4筋に戻します。藤井棋聖が4筋の歩を取り込むと、佐々木七段は初めて手を止めて30分考え、3筋の歩を突き捨ててから4筋の飛車を走ります。

飛車への圧力

藤井棋聖は自陣に打った桂を▲4六桂と跳ね、佐々木七段が銀を4筋にかわすと、▲3七金と上がって後手の飛車に圧力を掛けます。次の66手目を佐々木七段が30分程考えて昼休となりました。AIの評価値は藤井棋聖の65%と傾いてきました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井棋聖が3時間11分、佐々木七段が2時間28分と40分程の差となっています。

長考の応酬

佐々木七段が昼休を挟む47分の長考で△4四桂と打って飛車のコビンを守ると、藤井棋聖は68分の長考で▲6二金と寄って後手玉に迫ります。佐々木七段が△5六歩とぶつけると、藤井棋聖は▲6七金と上がって受けます。佐々木七段が金取りに△4八角と打ち込むと、藤井棋聖は"と金"を寄って王手し、後手玉を4筋に引かせてから金を引いて角に当てます。銀を5筋に上がって後手の飛車を攻める手を推奨していたAIの評価値は、ほぼ互角に戻っています。

佐々木七段の残り時間が切迫

佐々木七段が△5七歩成と王手し、角金交換してから△5六歩と追撃すると、藤井棋聖は▲6八玉とかわします。佐々木七段が45分の長考で残り24分となり、△3五飛といつでも先手の金と刺し違えられる位置に寄ると、藤井棋聖は▲5八歩と打って自陣の傷を消します。佐々木七段が残り5分まで考えて△5七歩成と王手すると、藤井棋聖は37分の熟考で残り49分となり、▲5七同歩と応じます。佐々木七段は△4五角と打って詰めろを掛けますが、AIの評価値は藤井棋聖の90%と大きく傾いています。

藤井棋聖の決断

AIは角で王手し後手玉に迫る手を推奨していますが、藤井棋聖は更に25分考えて▲5二"と"と王手し、"と金"と金の代償に得た銀を▲6七銀と自陣に埋めます。後手の角の利きが止まって先手陣は詰めろを逃れましたが、"と金"に迫られて息苦しかった後手陣も広くなり、AIの評価値は再びほぼ互角に戻ります。

藤井棋聖の端角

好機と感じたか佐々木七段は前傾を深めて残り2分まで考え、8筋の歩をぶつけて先手陣の逆サイドを攻めます。藤井棋聖は飛車取りに▲1七角と打ち、佐々木七段が飛車を引いてかわすと▲4四角と後手の攻撃の拠点となっていた桂を取ります。佐々木七段が△8七歩成と"と金"を作ると、藤井棋聖は▲3三角成と飛車を取ります。1分将棋に突入した佐々木七段が△7八金と王手してから△3三桂と馬を取ると、藤井棋聖は王手"と金"取りに▲8二飛と打ち込みます。

最後の反撃

佐々木七段が合い駒に金を打つと、藤井棋聖は"と金"を取って竜を自陣に引き付けます。佐々木七段が3筋の金頭を叩いて吊り上げ、金取りに△2五桂と跳ねると、藤井棋聖は▲3六金と上がって角に当て、後手の攻めを催促します。佐々木七段は△6七角成と銀を食いちぎり、金銀交換の後に王手竜取りに△7六銀と打って竜を取りますが、藤井棋聖はすぐに王手金取りに▲4四桂と打ちます。後手玉に即詰みはないようですが詰めろがほどけない形となり、先手玉は捕まる見込みがなく、佐々木七段は秒読みの声を聞きながら投了を告げました。

まとめ

本局は深く研究が進められている角換わり腰掛け銀の将棋となり、藤井棋聖が徐々にリードする展開となりました。佐々木七段も決め手を与えず、藤井棋聖は中盤の難所で2度に渡り踏み込む手順を見送り、AIの評価値が大きく揺れ動く激戦となりました。最後は時間にも追われた佐々木七段が有効な攻め筋を発見できず、慎重な指し手を続けた藤井棋聖が逃げ切りました。
先勝した藤井棋聖は「第二局以降は先後が決まっての対局という形になるので、しっかり準備して良い状態で臨めればと思います」と話しています。個人的には、藤井棋聖本来の強く踏み込む将棋を楽しみにしています。
佐々木七段は「厳しいスタートにはなってしまったですけど、番勝負ということで気持ちを切り替えて、万全の準備で戦えるようにしたいと思います」と話しており、次局以降も熱戦を期待したいと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第94期ヒューリック杯棋聖戦第一局 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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