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「観る将」が観た第95期棋聖戦五番勝負第二局

6月17日、第95期ヒューリック杯棋聖戦の第二局が、新潟市の「高志こしの宿 高島屋」で行われました。先勝した藤井聡太棋聖が勝って防衛まであと1勝と迫るのか、山崎隆之八段が勝ってタイスコアに戻すのか、注目の一局となりました。

前夜祭では、藤井棋聖は「この一局を通して集中して、皆様に最後まで楽しんでいただけるような将棋が指せればと思っています」、山崎八段は「藤井棋聖に少しでも迫って、名局の宿に相応しい内容を指せるように頑張りたいと思います」と挨拶しています。


意表を突く向かい飛車

竹林が見える明るい対局室に、山崎八段が深緑色の着物と灰色の袴に亜麻色の羽織で入室し、藤井棋聖は紫色の着物と鶯茶の袴に水色の羽織で入室します。後手の山崎八段は4手目に角道を止め、藤井棋聖が9筋に端歩を受けずに3筋の歩を突くと、意表を突く向かい飛車に振ります。

山崎八段の桂跳ね

藤井棋聖は9筋の端歩を受け、山崎八段が3筋に金を上がると、3筋に桂を跳ねて備えます。藤井棋聖は左美濃に囲い、山崎八段が6,8筋の歩を突くと、同様に6,8筋の歩を突いて銀冠を目指します。山崎八段は先手の金が浮いている瞬間を捉えて△4五桂と跳ね、藤井棋聖が次の39手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は藤井棋聖の56%とわずかに傾き、各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井棋聖が2時間28分、山崎八段が2時間54分となっています。

藤井棋聖の仕掛け

昼休が明けるとすぐ、藤井棋聖は金を7筋に上がって銀冠を完成させ、山崎八段が飛車を下段に引くと、29分の熟考で▲4五桂と桂交換に応じます。山崎八段は△5三桂と手放して4筋の位を支え、藤井棋聖が3筋の歩をぶつけると、42分の長考で角を3筋に上がって間接的に先手玉を睨みます。山崎八段らしい独特の構想ですが、AIの評価値は藤井棋聖の68%と更に傾き、堅陣を築いた先手が指し易そうに見えます。

藤井棋聖の壮大な罠

藤井棋聖は飛車を3筋に寄せ、山崎八段が3筋の歩を取ると、4筋の歩をぶつけます。山崎八段は6筋の歩をぶつけ、藤井棋聖が角を7筋に上がると、6筋の歩を取り込んで角交換し、銀頭に歩を打って7筋に引かせます。山崎八段が35分の熟考で残り46分となり、攻防に△6四角と据えると、藤井棋聖は5筋の歩をぶつけて角で取らせ、角取りに▲5六金と上がります。

痛烈に見える飛金両取り

山崎八段は角で7筋の銀を食いちぎり、飛金両取りに△4七銀と打ちます。素人目には痛烈な一撃に見えますが、藤井棋聖が残り1時間を切ったところで、銀の両取りに後手の歩頭に放った▲5五桂が、飛金両取りを上回る絶好の返し技となります。どちらの銀を取られても自陣を支えきれないので、山崎八段は歩で桂を取るしかありませんが、藤井棋聖は取られそうな金で歩を取り返して後手陣に迫ります。

飛車を犠牲に攻め掛かる藤井棋聖

山崎八段が残り7分まで考えて銀で飛車を取ると、藤井棋聖は6筋の銀頭を歩で叩いて引かせ、5筋の桂頭に歩を打ちます。守っていても勝機はないと見た山崎八段は金取りに△6六桂と打ち、藤井棋聖が桂を取って"と金"を作ると、構わず先手陣に飛車を打ち込んで攻め合います。AIの評価値は藤井棋聖の90%と勝勢を示していますが、ABEMAでは「数字程の差があるとは思えない」と解説されています。

桂を犠牲に作った馬

藤井棋聖が6筋の歩を成って2枚の"と金"で銀を剥がし、▲8二角と打ち込むと、山崎八段は桂を跳ねて玉頭への角成を防ぎます。藤井棋聖は6筋に桂を跳ねてぶつけ、山崎八段が桂を取って詰めろを掛けると、▲6四角成と馬を作って王手し、連続王手で後手玉を3筋まで追ってから馬で6筋の桂を取って詰めろを逃れます。AIは一貫して藤井棋聖の勝勢を示していますが、人間的には一手間違えれば大逆転となる難しい局面が続いています。

ギリギリの攻防

山崎八段がもう1枚の桂で金を取って王手し、取った金を打って詰めろを続けると、藤井棋聖は自陣に角を打って受けます。1分将棋に突入した山崎八段が金で銀を取って王手し、取った銀を打って詰めろを続けると、藤井棋聖は一転して桂で2筋の飛車を取って王手し、桂を打って王手を続けます。後手が1筋に玉をかわせば詰みはないようですが、先手は自陣に金を打って詰めろを逃れると後手は銀を金と交換するしかなく、先手が銀を持つと後手玉に詰みが生じるようです。山崎八段は潔く桂を取って詰まされる順を選び、観る将にもわかりやすい形まで指し続けて投了を告げました。

まとめ

本局は山崎八段が意表を突く作戦を採用し、藤井棋聖は序盤から神経を使う立ち上がりとなりました。山崎八段は積極的に桂交換を誘い、取った桂を自陣に打つ構想を見せましたが、藤井棋聖は機敏に3筋から仕掛けて主導権を握りました。藤井棋聖にはじっくりリードを拡大していく指し方もあったと思われますが、後手に飛金両取りを掛けさせ、飛車を取らせる代わりに後手玉に迫る最強の踏み込みを魅せました。最終盤は自玉の詰めろを逃れつつ後手玉を追い詰める綱渡りのような手順を正確に指し続け、AI的には見事な藤井曲線を描く快勝となりました。
防衛、そして永世称号の資格獲得まであと1勝となった藤井棋聖は、次局に向け「2週間弱開くので、しっかり状態を整えて臨みたいと思います」と、いつも通り淡々と話しました。4-5月にはやや踏み込みを欠く将棋が多かった印象でしたが、5月末以降は八冠制覇時に目指すゴールと語った「面白い将棋」を魅せているように思います。棋聖戦第三局の前には叡王戦第五局もありますが、引き続き藤井棋聖にしか指せない面白い将棋を期待したいと思います。
山崎八段は「先手番ということなのでよりしっかりやってみたい作戦を考えて、自分自身の中でまとめ切って良い勝負にしたいと思います」と話しました。自由奔放な差し回しで多くのファンを魅了する山崎ワールドを楽しみにしたいと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。 (https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第95期ヒューリック杯棋聖戦第二局 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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