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「観る将」が観た第93期棋聖戦第四局

7月17日、第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第四局が愛知県名古屋市の「亀岳林 万松寺」で行われました。ここまで2勝1敗と防衛に王手を掛けた藤井聡太棋聖が勝って一気に決着を付けるのか、永瀬拓矢王座が勝って最終局に勝負を持ち越すのか、非常に注目される一局となりました。
前日の開幕式で、永瀬王座は「一局でも多く指せるよう全力で頑張りたい」、藤井棋聖は「見ていただいている方に最後まで楽しんでいただけるような対局にできればと思っています」と話しています。


戦型は相掛かり

挑戦者の永瀬王座が紺のスーツと紺のネクタイで入室し、藤井棋聖が白い着物に灰緑色の羽織で入室します。対局開始となり、先手の永瀬王座が飛先の歩を突くと、藤井棋聖もいつも通りのルーティーンを経て飛先の歩を突きます。永瀬王座が相掛かりに誘導し、藤井棋聖が先に飛先の歩を交換します。永瀬王座も飛先の歩を交換すると、藤井棋聖は6筋の歩も取らせます。永瀬王座が▲3五歩と伸ばすと、藤井棋聖は21分の少考で△3四歩と反発します。早くもあまり見たことのない展開となり、永瀬王座は▲6五飛と引きますが、藤井棋聖は△6三銀と前進します。

挑戦者の端桂

永瀬王座は3筋の歩を取り込み2歩得となり、藤井棋聖は△4二銀と上がって陣形を整えます。永瀬王座が28分の少考で▲2五飛と戻すと、藤井棋聖は△4四歩と突いて雁木に構えます。永瀬王座は飛車を六段目に引いて▲8六飛と回り、△8五歩と打たせてから▲3六飛と戻って3筋の歩を支えます。藤井棋聖が△5四銀と上がって先手の飛車に圧力を掛けると、永瀬王座は21分の少考で▲9七桂と跳ねます。藤井棋聖が次の40手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は全くの互角、各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井棋聖が2時間37分、永瀬王座が2時間45分となっています。

金の進軍

藤井棋聖は昼休を挟む52分の長考で飛車に当てて△4五銀と上がります。永瀬王座が飛車を7筋にかわすと、藤井棋聖は△6三金と上がって備えます。永瀬王座は歩を取って▲8五桂と跳ねますが、後手陣は飛車に弱いため藤井棋聖は飛交換の筋を避けて、タダの桂を取らずに△7四金と上がって先手の飛桂を押さえ込みます。永瀬王座は取られそうな桂を▲9三桂成と成り捨て、▲9五歩と端を攻めます。AIの評価値は藤井棋聖の58%と少し傾いてきました。

激しい攻防

藤井棋聖は△8四飛と浮いて受けますが、永瀬王座は歩の連打で香を吊り上げます。藤井棋聖が47分の熟考で△7五桂と打って角頭を狙うと、永瀬王座は飛車を8筋に寄せてぶつけます。藤井棋聖が飛交換に応じて△8七歩と角頭を叩くと、永瀬王座は王手で▲7一飛と打ち込んでから▲9七角とかわします。藤井棋聖が△9五香と走って角を捕獲すると、永瀬王座は桂取りに▲7六歩と突きます。激しい戦いに突入し、AIの評価値は藤井棋聖の72%と傾いています。

緩みない攻撃

藤井棋聖は香で角を取り、△8八歩成と成り捨てて浮いた金を狙って△8九角と打ち込みます。永瀬王座が▲7九銀と引いて受けると、後手陣は角を渡すとかなり危険な状態に見えましたが、藤井棋聖は構わず△7八角成と金と刺し違え、銀取りに△9八飛と打ち込みます。永瀬王座は25分の熟考で▲7五歩と桂を取り金に当てますが、藤井棋聖は△7八飛成と銀を取って王手を掛けます。

盤石の寄せ

永瀬王座が香で合い駒すると、藤井棋聖もいったん△5二銀と引いて自玉の退路を作ります。永瀬王座が▲7四歩と金を取ると、藤井棋聖は△6六歩と再び先手玉に攻め掛かります。永瀬王座は何度も首を傾げながら少考し、▲5一角~▲5五桂の連続王手から▲6六歩と取って詰めろを掛けます。藤井棋聖は慎重に確認してから△6七金~△6八竜と王手を続け、△3六銀と先手玉に迫りつつ詰めろを逃れます。永瀬王座は▲3七桂と跳ねて詰めろを続けますが、藤井棋聖が△4五歩と退路を作って逃れると届きません。藤井棋聖が△2六香から必至を掛けると、永瀬王座は上着を着てわかりやすい詰みの局面まで指して投了を告げました。

まとめ

本局は藤井棋聖が6筋の歩を取らせ、歩損となる序盤を選択して永瀬王座の研究を外したように思います。後手陣は大駒の打ち込みに弱い陣形のため、藤井棋聖は神経を使う中盤戦となりましたが形勢を損なうことなく追随しました。永瀬王座は少し強引に大駒交換を目指しましたが、藤井棋聖は飛交換に応じると角も切って攻勢に出て一気に大勢を決してしまいました。

藤井棋聖は3勝1敗で防衛に成功し、棋聖3連覇となりました。対局後の記者会見で印象的だったのは「定跡よりも局面の理解が重要」という言葉です。現在のトッププロはAIを駆使して定跡を掘り下げて研究しており、その深さを競うようなところがありますが、藤井棋聖はその先に現れる未知の局面を適切に理解し最善手を探ることに力を注いているように感じます。

10代最後の対局でタイトル獲得が通算9期となり、失冠することがまったくイメージできない藤井棋聖ですが、それでも課題を見つけてより強くなりたいと思う姿勢に死角はありません。3日後に行われる王位戦第三局にも注目したいと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第93期ヒューリック杯棋聖戦第四局 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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