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「観る将」が観た第65期王位戦七番勝負第五局

8月27-28日、伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦七番勝負第五局が、神戸市の「中の坊瑞苑」で行われました。防衛まであと1勝となった藤井聡太王位が一気に決着を付けるのか、追い込まれた渡辺明九段がどんな秘策を用意して挑むのか、楽しみな一局となりました。

前日に行われた会見では、藤井王位は「大きな1局ではありますけれど、これまで通り2日間しっかり集中して指したいと思っています。先手番になるのでより積極的な将棋を指せたらとも思っています」、渡辺九段は「スコア的には後がないので、状況的には苦しいとは思っています。一局一局良い将棋を指していくしかないので、始まってしまえばまずは1局というつもりで頑張っていきたいと思います」と意気込みを話しています。


渡辺九段の雁木に藤井王位は袖飛車

10人以上の関係者が待つ対局室に渡辺九段が淡い水色の着物に茶色系の細い縦縞の袴と青く細い縦縞の羽織で入室し、続いて藤井王位が淡い藤色に光沢のある模様の入った着物に鉄色の袴と白い羽織で入室します。先手の渡辺九段が角道を止めて雁木に組むと、藤井王位は21手目に飛車を3筋に寄って袖飛車に構え、後手の角頭を狙います。

渡辺九段が早くも長考

あまり前例のない形のようで、渡辺九段は早くも91分長考して7筋の歩を突き、藤井王位が3筋の歩を突き捨ててから銀を2筋に繰り出すと、4筋の歩を伸ばして角道を通します。藤井王位は銀で3筋の歩を取って前進し、渡辺九段が角を交換してから6筋に角を打って1筋の香に当てると、構わず銀を更に前進してぶつけます。

渡辺九段の歩頭銀

この銀を取ると金を取り返されて竜を作られてしまうので、渡辺九段が3筋に歩を打って飛車の利きを遮ると、藤井王位は銀交換してから3筋に歩を打って1筋の香を守ります。渡辺九段が△8六銀と先手の歩頭に銀を打ち込むと、藤井王位が次の37手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値はほぼ互角、各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井王位が7時間9分、渡辺九段が5時間42分と1時間以上の差が付いています。

藤井王位の顔面受け

この銀を歩で取ると後手の飛車先突破を防ぐのが難しくなりそうなので、藤井王位は昼休を挟む63分の長考で8筋に持ち駒の銀を打って受け、渡辺九段が7筋で銀交換すると、玉で取って顔面受けします。渡辺九段は47分の熟考で角を天王山に繰り出して王手し、藤井王位が71分の長考で6筋の歩を突いて守ると、5筋に金を繰り出します。

渡辺九段のコビン攻め

藤井王位が飛車を2筋に戻すと、渡辺九段は6筋の歩を突いて先手玉のコビンを狙います。次の45手目を藤井王位が39分考えて封じました。AIの評価値は藤井王位の55%とわずかに傾いています。残り時間は藤井王位が4時間4分、渡辺九段が4時間20分とほぼ並んでいます。

渡辺九段の角を巡る攻防

藤井王位の封じ手は▲5六歩と突いて角を追う手でした。渡辺九段は角を4筋に引き、藤井王位が角金両取りに銀を打つと、金銀交換に応じます。藤井王位は角取りに金を打ち、渡辺九段が銀を打って角を支えると、玉を引いて後手の角のラインから外します。渡辺九段が6筋の歩をぶつけると、藤井王位は2筋の歩を突き捨ててから、銀を7筋に上がって6筋の歩を支えます。

長考の応酬

渡辺九段が66分の長考で8筋の歩を突き捨て、桂を7筋に跳ねると、藤井王位は47分熟考して角金交換し、5筋の銀取りに歩を打ちます。渡辺九段が次の64手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は藤井王位の55%、残り時間は藤井王位が2時間38分、渡辺九段が2時間28分と拮抗しています。

藤井王位が飛車切りの強襲

渡辺九段は昼休を挟む46分の長考で銀を6筋に繰り出してぶつけ、藤井王位が飛車を走ってから7筋の歩も取ると、6筋に持ち駒の銀を打って飛車を追います。藤井王位は飛車を4筋にかわし、渡辺九段が更にもう1枚銀を打って飛車を追うと、▲4三同飛成と銀を食いちぎります。AIの評価値は藤井王位の65%と更に傾いてきました。

藤井王位の端角

藤井王位は6筋の銀頭を歩で叩き、渡辺九段が銀を5筋に引いてかわすと、9筋に端角を打って後手の玉頭を睨みます。難解な局面となり、AIの評価値はいったんほぼ互角に戻りましたが、時間の経過とともに少しずつ藤井王位に傾いています。残り1時間となった渡辺九段は8筋に歩を打って先手の角の利きを遮り、藤井王位が▲7四銀と打って追撃すると、桂取りに△2八飛と打って間接的に先手玉を睨みます。

渡辺九段も飛車切りの反撃

藤井王位も残り1時間を切り、後手の飛頭に銀を打つと、渡辺九段は飛車で銀を食いちぎって△5七銀と金頭に打ち込みます。藤井王位が腰を落として29分考え、飛銀両取りに自陣角を打つと、渡辺九段は飛車を取らせる代わりに銀で先手陣の金2枚を剥がして王手します。渡辺九段は駒台に金3枚を乗せ、先手玉はかなり危うく見えますが数手前に打った端角が絶妙の守り駒となっており、AIの評価値は藤井王位の67%と傾いています。

正確な受けと最速の寄せ

AIはこの銀を玉で取れば逆転することを示していますが、既に読み切ったと思われる藤井王位はノータイムで玉を8筋に寄ってかわします。渡辺九段が少し首を振って腕を組んで考え、金を打って銀に紐を付け、藤井王位が飛車で王手すると持ち駒の金で合い駒します。藤井王位は桂を取って竜を作り、渡辺九段が金を打って王手してから桂を取ると、▲7四桂と打って長手数の詰めろを掛けます。先手玉に詰みはなく、渡辺九段は覚悟を決めていたのか、一瞬天を仰いでからすぐに投了を告げました。

まとめ

本局は藤井王位が積極的に仕掛けましたが、渡辺九段は相手の歩頭に銀を打って強く反撃しました。藤井王位は玉で相手の飛車角の攻めを受け止めると、飛車切りの強襲で後手陣を乱して主導権を握りました。渡辺九段も飛車を切って反撃しましたが、藤井王位は落ち着いて凌いでから瞬く間に寄せ切りました。

本シリーズのまとめ

本シリーズは藤井王位が4勝1敗で防衛を果たし、早くも永世王位の資格を得ました。難しいからこその永世称号ですが、藤井王位にとっては単なる通過点でしかありません。対局後のインタビューでは「全体的に内容的には押されていた将棋が多かったので、防衛という結果には幸運もあったと思いますし、今後も力を付けていかなければならないと感じたシリーズでもあったと思います」と、いつも通り謙虚に反省を口にしており、今後も我々を「楽しませる将棋」を魅せてくれるものと期待させます。
渡辺九段は「途中までは内容的にはまずまず戦えていたと思っていましたが、第四局第五局と全然良いところのない内容になってしまったのは残念だったと思います」と話している通り、第三局まで3連勝してもおかしくない内容だったと思います。また近い将来、タイトル戦の場に戻ってくることを楽しみにしたいと思います。

本稿は「お~いお茶杯王位戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。 (https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#oui
伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦第五局 主催:新聞三社連合、日本将棋連盟

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