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「観る将」が観た第92期棋聖戦第二局

6月18日、第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第二局が、淡路島のホテルニューアワジで行われました。第一局は藤井聡太棋聖が先勝し、前日のインタビューでは「いいスタートが切れたので、明日も自然体で臨めれば」と話しています。挑戦者の渡辺明名人としては負けられない一局となりますが「間隔も空いたので、また気持ちを新たにして向かっていきたい」と話しています。戦略家として知られる渡辺名人が、後手番でどのような研究手順に誘い込むのか注目されました。

渡辺名人が先に濃灰色の着物に縦縞の羽織で登場し、藤井棋聖は濃緑の着物に爽やかな白い羽織で登場しました。立会人の小林健二九段が対局開始を告げると、先手の藤井棋聖はいつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突きます。渡辺名人も飛車先の歩を突き、第一局に続いて相掛かりの将棋となりました。

お互いに飛車先の歩を交換し、渡辺名人が△8四銀と棒銀を見せると、藤井棋聖は角を交換して▲5六角と据えます。この自陣角が働くかどうかが序盤のポイントになりそうです。藤井棋聖はこの角で3筋の歩を取ってから、1筋の歩を突き1-2筋へ戦力を集めます。渡辺名人が△4三金右と角を追うと、藤井二冠は▲5六角と引き今度は7筋の歩に狙いを付けます。ここで昼休となり、この時点でAIの評価値は藤井棋聖の53%とほぼ互角、持ち時間は渡辺名人が30分程多く残しています。

昼休明け、藤井棋聖が角で7筋の歩も取ると、渡辺名人も△5四角と自陣に角を打ち相手の角成りを防ぎます。渡辺名人はいったん自陣に手を戻して矢倉に入城し、7筋から反撃に転じます。早くも残り1時間を切った藤井棋聖は、しばらく受けに回ります。藤井棋聖が角をぶつけると、渡辺名人は角を交換して△9四角と打ちます。この手は相手の守りの銀を食いちぎって飛車の成り込みを見せた手で、藤井棋聖は対局直後「軽視していて、苦しい展開になった」と話しています。藤井棋聖は残り50分から25分使って右の金を上がって受けます。AIの評価値は50%とまったくの互角です。

銀交換の後、藤井棋聖が攻防に再度▲5六角と打つと、渡辺名人は残り94分から44分の考慮で△3四歩と自陣の傷を消します。藤井二冠は前傾姿勢を崩さず残り7分まで考え、秒読みの中△6八金右と守りを固めます。AI評価値は互角が続いていますが、人間的には居玉で薄い陣形の藤井棋聖がかなり苦しく見えるようで、藤井(猛)九段は「先手を持って勝てる気がしない」と解説しています。

藤井棋聖は▲7五銀と打って相手の角を押え込み、渡辺名人は5-6筋から相手の玉頭に迫ります。藤井棋聖が少しでも間違えると一気に攻め込まれそうな局面でしたが、ギリギリで凌いでから▲9四歩と相手の角と飛車を攻めると、渡辺名人はしきりに首を傾げて歩で王手します。AI評価値は藤井棋聖の60%程度と少し傾いてきました。

渡辺名人は相手が指すと間髪を入れずに次の手を指し1分将棋に追い込もうとしていますが、藤井棋聖は55秒まで読まれると次の手を指し5分残している持ち時間を減らしません。藤井棋聖の▲3三歩に渡辺名人は手を止め、残り11分まで考え再び歩で王手します。藤井棋聖は歩の連打で相手の守りの金銀を上擦らせ、瞬く間に矢倉の堅陣を崩していきます。

攻めの姿勢を崩さない藤井棋聖は、敵陣に角を打ち込んでから守りの金と攻めの金の両取りに▲5四銀と打ちます。渡辺名人はついに藤井棋聖より先に1分将棋に突入し、守りの金を逃げます。藤井棋聖は相手の攻めの金を奪い、攻めながら自玉の安全度を高めることに成功します。

藤井棋聖が馬を作って相手玉に迫ると、渡辺名人は持ち駒の金と銀を打って馬を追い、3枚の金銀をじわじわと前進させ相手玉に迫ります。AIは藤井棋聖の優勢を示していますが、渡辺名人は8筋に"と金"を作り藤井陣もかなり危うく見えます。ここで藤井棋聖は▲6六銀と、相手に銀を差し出す代わりに馬のラインを敵陣に直射させます。渡辺名人は歩で馬や角のラインを止め、飛車取りに香を打って下駄を預けましたが、後手玉には長手数の即詰みが生じていたようです。藤井棋聖は慎重に考え、落ち着いた手つきで王手します。渡辺名人は数手指し続けましたが、お茶を口にして首を傾げると50秒の声を聞いて投了を告げ、171手の激闘に終止符が打たれました。

本局は藤井棋聖が相掛かりに誘導しましたが、渡辺名人の棒銀が用意していた作戦だったように思います。藤井棋聖が自陣に角を打った辺りで渡辺名人の研究からは外れたように見えましたが、渡辺名人が矢倉の堅陣を築き、居玉の藤井陣に攻勢を仕掛けた辺りでは、少なくとも人間の目には指し易い局面になったように見えました。しかし秒読みに追われてからも藤井棋聖の指し手は正確で、指し易いはずの渡辺名人が次第に追い込まれていったように思います。終盤には渡辺名人も自陣の守りに打った金銀と歩をスクラムを組むように前進させた攻撃には迫力がありましたが、冷静に対処した藤井二冠が最後は鮮やかな寄せを魅せてくれました。両者の角や歩の使い方が印象的な名局だったと思います。

この結果、藤井棋聖は早くも初防衛にあと1勝となりました。五番勝負が始まる前、渡辺名人はAERAインタビューに「藤井君が全部大楽勝だと、面白くもなんともない。世の中の人がいま求めているのは、藤井君が強い相手にスレスレで逆転勝ちしたりするところでしょう」と話しています。藤井棋聖の初防衛を願うとともに、渡辺名人が意地を見せて熱戦となることを期待したいと思います。

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