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「観る将」が観た第82期名人戦七番勝負第五局

5月26-27日、名人戦七番勝負第五局が北海道紋別市のホテルオホーツクパレスで行われました。防衛まであと1勝とした藤井聡太名人が決着を付けるのか、前局で1つ返した豊島将之九段が巻き返しを見せるのか、楽しみな一局となりました。

対局前日のインタビューでは、藤井名人は「(王手が掛かっている)ことは意識せずに、何より良い将棋が指せるように全力を尽くしたいと思っています」、豊島九段は「苦しい状況ですけど、できることをやっていってと思っています」と話しています。


豊島九段の四間飛車

落ち着いた和室に設けられた対局室に、藤井名人が薄茶色の着物と灰色の袴に、淡い藤色と白のグラデーションの羽織で入室すると、豊島九段は亜麻色の着物と細い縦縞の袴に紺色の羽織で入室します。後手の豊島九段は角道を止め、藤井名人が9筋の端歩を受けずに位を取らせて3筋の歩を突くと、四間飛車に振ります。

熟考を重ねる藤井名人

藤井名人が31分熟考し、9筋の香を上がって穴熊を目指すと、豊島九段は5筋に銀を上がり、飛車を3筋に寄せて急戦を匂わせます。次の29手目を藤井名人が30分以上考えて昼休となりました。各9時間の持ち時間の内、残り時間は藤井名人が7時間4分、豊島九段は8時間11分となっています。

穴熊対美濃囲い

藤井名人は昼休を挟む42分の長考で、6筋の歩を伸ばして角道を通します。この歩はタダなので、豊島九段が銀で取ると、6筋に金を上がって角頭を守ります。豊島九段が7筋の銀を上がって美濃囲いを完成させると、藤井名人は金を7筋に上がってから対局室の温度調整を依頼します。豊島九段が浮き駒となっている銀を6筋に引くと、藤井名人は8筋に銀を上がって穴熊を完成させます。

ジリジリした駒組み

豊島九段は8筋の歩を突き、藤井名人が銀を6筋に引くと、金を4筋に上がってバランスを取ります。藤井名人は46分の熟考で更に銀を7筋に引いて松尾穴熊を完成させ、豊島九段が6筋の歩を伸ばすと、角を6筋に引いて2筋を睨みます。豊島九段が78分の長考で金を5筋に上がると、藤井名人は金を7筋に寄せて更に固めます。

豊島九段が飛車を6筋に転回

豊島九段が更に48分の熟考で飛車を6筋に回すと、藤井名人の考慮中に定刻となり、次の47手目を封じました。AIの評価値は藤井名人の55%となっており、ABEMAではほぼ互角と解説されています。残り時間は藤井名人が5時間3分、豊島九段は4時間49分と拮抗しています。

藤井名人の馬と豊島九段の竜

藤井名人の封じ手は、多くのプロが予想してしていた▲2四歩でした。豊島九段はすぐに同歩と応じ、藤井名人が5筋の歩を伸ばして金に当てると、意表を突かれたのか90分の長考で同金と応じます。藤井名人は2筋の歩を角で取り、豊島九段が飛車を2筋に回すと、構わず角を取って馬を作ります。豊島九段も飛車を取って竜を作り、藤井名人が馬で1筋の香を取ると、△6六金とぶつけます。藤井名人が次の57手目を考慮中に昼休となりました。残り時間は藤井名人が3時間42分、豊島九段は3時間17分となっています。

金香交換

藤井名人は昼休を挟み37分熟考して馬で4筋の歩を取り、豊島九段が先手陣の守りの金を1枚剥がすと、▲7七同馬と手順に自陣に引き付けます。豊島九段は竜で桂を取り、藤井名人が6筋の歩の裏から金取りに香を打つと、手堅く持ち駒の金を投じて守ります。藤井名人は57分の長考で金香交換してから▲6四金と張り付き、豊島九段が馬取りに桂を8筋に打つと、馬を8筋に上がってかわします。

藤井名人が攻勢

豊島九段が2枚目の飛車を先手陣に打ち込むと、藤井名人は5筋に底歩を打って受けます。AIはここで後手が7筋の銀を玉頭に引く手を推奨していますが、ABEMAでは先手から6筋に歩を垂らされる手が厳しいと解説されています。豊島九段は6筋の歩を伸ばして攻めの足掛かりを作りますが、序盤からずっとほぼ互角を示していたAIの評価値が、藤井名人の64%と初めて動きます。藤井名人は▲7四金と銀と刺し違えて後手玉のコビンを開け、7筋の歩をぶつけて攻め掛かります。

タダ捨ての銀

豊島九段は玉頭に持ち駒の金を埋めて守りを固め、8筋に不吉の前兆とも言われる駒柱が立ちます。藤井名人は4筋に角を打って王手し、豊島九段が玉を9筋に寄ってかわすと、▲9四銀と放り込みます。この銀はタダで取れますが、取ると腹金を打たれてかなり危険な状態になるようで、豊島九段が次の78手目を20分程考えたところで夕休となりました。残り時間は藤井名人が2時間8分、豊島九段は1時間4分となっています。

豊島九段の辛抱

夕休が明けるとすぐ、豊島九段は自玉の腹に香を埋めて辛抱し、藤井名人が39分の熟考で7筋の歩を取り込むと、金で9筋の銀を取ります。藤井名人は馬を6筋に出て詰めろを掛け、豊島九段が残り22分まで考えて玉頭に銀を打って逃れると、金を打ち込んで畳み掛けます。豊島九段も7筋に金を寄って補強しますが、藤井名人は7筋で金と馬を後手陣の銀と金と交換し、再度金を打って詰めろを掛けます。

負けられない粘り

豊島九段が8筋に金を打って逃れると、藤井名人は金を交換してから7筋の桂頭に歩を打ち、更に6筋に銀を打って攻め駒を足します。負けられない豊島九段は竜を自陣に引いて粘りますが、藤井名人は金を打って更に攻め駒を足します。豊島九段は12分考えて起死回生の一手を探りましたが、先手の攻め駒に囲まれた後手玉に受けはなく、無念の投了を告げました。

まとめ

本局は「相手が端を受けなかったら突き越して振り飛車にしようと思っていました」という豊島九段の作戦に対し、藤井名人が誘うような形で本シリーズ初の対抗形の将棋となりました。藤井名人は穴熊の堅さを頼りに、飛車を渡して竜を作らせる代わりに角を取って馬を作り、小駒で後手陣を崩してから角と馬で後手玉を睨んで攻めたてました。豊島九段は執拗に粘ってチャンスを待ちましたが、着実に攻め駒を増やした藤井名人が寄せ切りました。

本シリーズの総括

本シリーズは5局とも豊島九段が序盤に工夫を見せ、角換わりの定跡を避けた戦いとなりました。中盤までは豊島九段が優勢となる将棋もあり、将棋の戦型選択の奥深さを感じさせるシリーズだったように思います。
名人戦2連覇で八冠を維持した藤井名人は、対局直後に「シリーズの内容としては色々反省点もあったかと思いますが、何とか防衛という結果を残せたことは良かったと思います」と安堵の表情を浮かべました。感想戦後の記者会見では、4日後に予定されている叡王戦第四局に向けて「この2か月くらいはミスが出てしまっているという印象は持っていますが、対局して得たものもあると思っています。叡王戦はカド番という状況で迎えることになりますが、臨む気持ちややるべきことは今までと変わらないと思っているので、それまでにしっかり準備して全力を尽くしたいと思っています」と話しており、名人防衛が気持ちの上で追い風になることを期待したいと思います。
豊島九段は2度目の名人戴冠はお預けとなりましたが、「名人戦の経験を活かして、また今後も頑張っていけたらと思います」と話しており、更に進化した豊島将棋を魅せてくれることを楽しみにしたいと思います。

名人戦は朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟が主催しています。
本稿は名人戦・順位戦における棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#junni) に従っています。

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