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「観る将」が観た第6期叡王戦本戦トーナメント 藤井二冠1回戦

5月17日に行われた叡王戦本戦トーナメントの1回戦、藤井聡太王位・棋聖と行方尚史九段の対局を観た感想です。
叡王戦本戦トーナメントは、シード棋士4名と段位別予選を勝ち上がった12名で争われます。シードの渡辺名人や永瀬王座はもちろん、藤井二冠も豊島叡王への挑戦権を目指して負けられない戦いが続きます。

藤井二冠は本棋戦との相性が悪く、まだ本戦トーナメントで勝ったことがありません。今年度の成績は3勝1敗で、昨年度から続いていた連勝は19で止まりましたが、先週行われた順位戦で三浦九段に逆転勝ちを収め、調子は悪くないと思います。

行方九段は木村九段や三浦九段と同世代で、タイトル獲得経験はありませんが、名人や王位への挑戦や第1回朝日杯優勝などの実績がある実力者です。本棋戦では第1期と第3期には本戦でベスト4まで進出しており、比較的相性の良い棋戦と思われます。今年度の成績は3勝0敗と好調で、先週行われた順位戦では丸山九段を降しています。

両者はこれまで、朝日杯と銀河戦で1局ずつ対局があり、いずれも藤井二冠が勝っています。早指し棋戦を除けば、本局が初めての対局ということになります。

本局は、振り駒で先手となった行方九段が矢倉に誘導します。藤井二冠は左の銀を上がる前に△7四歩と突き、先日深浦九段に敗れた将棋と同じ急戦調の形に進めます。これを見た行方九段は飛先の歩を交換した後、横歩を取り歩得を主張する展開を選択します。藤井二冠は中住まいに構え、地下鉄飛車を匂わせる駒組みを進めます。昼休時点ではAI評価値も全くの互角となっています。

昼休明け、藤井二冠は△2六歩で相手の飛車を押え込み、2筋で桂交換した後44手目に△6五桂と跳ねて仕掛けます。ここで行方九段が長考に沈み、角取りに▲5六桂と打ちます。行方九段が残り17分になったのに対して、藤井二冠としては珍しくまだ1時間23分と相手より1時間以上多く残しています。

藤井二冠はいったん角を引いてから、8筋の歩を突き捨て△9四桂~△8六桂と2枚目の桂を攻め駒に加えます。行方九段も▲9七桂で飛車を追い必死に防戦しますが、藤井二冠の流れるような攻撃は止まりません。まずは3筋に歩を垂らし、相手の銀を守りから遠ざけます。この手が最後の寄せに効いてきます。続いて5筋の歩を突き捨ててから△7五歩と追撃します。ABEMA解説の深浦九段は「感動しています」とつぶやきました。細いと思われた藤井二冠の攻めが決まっていると解説しています。

行方九段は銀取りを放置して▲6四桂と跳ねる勝負手を放ちましたが、▲7二桂成と金を取る手に対して藤井二冠が△7二同飛と取る手がぴったりで、追い返されていた飛車が再び敵陣を直射する形になって攻撃が手厚くなります。最後は藤井二冠が飛車取りに打たれた歩を手抜いて詰めろを掛け、一気に寄せ切りました。

本局は行方九段が矢倉に誘導したのに対して、後手の藤井二冠が先日の深浦九段戦でも採用した急戦志向の駒組みを進めました。藤井二冠としては、来月から始まるタイトル防衛戦に備えて研究を進めている作戦なのかもしれません。どこまで藤井二冠の研究範囲だったのかわかりませんが、中盤早々に△6五桂と跳ねてからは、途中3筋に垂らした歩も含めてすべてが終局に向かって有効な指し手になっていたように感じました。今月藤井二冠に土を付けたばかりの深浦九段でさえ、「芸術、ですよね」と言って感心するしかない鮮やかな会心譜だったと思います。

1回戦を突破した藤井二冠は、2回戦で永瀬王座と顔を合わせます。早くもタイトルホルダー同士の激突となり、お互いに相手を認め合い研究仲間としても知られる両者の対決は熱戦が期待されます。藤井二冠は6月には棋聖戦五番勝負も開幕し、厳しい日程になることも想定されますが、叡王挑戦に向け是非とも勝ち上がって欲しいと思います。

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