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「観る将」が観た第8期叡王戦五番勝負第四局

5月28日、岩手県宮古市の浄土ヶ浜パークホテルで叡王戦第四局が行われました。防衛まであと1勝となった藤井聡太叡王(竜王、王位、棋王、王将、棋聖)が勝って決着を付けるのか、菅井竜也八段が勝ってフルセットに持ち込むのか、大注目の一局となっています。

前夜祭では、藤井叡王は「明日は皆さまに注目していただける一局になると思いますので全力を尽くしたいと思います」、菅井八段は「1勝2敗と苦しい状況ですが、スコアをタイに戻して最終局に持ち込めればと思います」と挨拶しています。


菅井八段はまたも三間飛車

菅井八段が早めに薄い緑色の着物と灰色の袴に黒地に細い縦縞の羽織で入室すると、藤井叡王は紺色の着物と鶯茶の袴に淡い緑色の羽織で入室します。先手の菅井八段が4局連続で三間飛車に振り、囲いを巡ってお互いの出方を探る駆け引きが続きます。菅井八段が▲5六銀と上がると、藤井叡王は15分程考えて、角道を開けたまま△2四歩と突いて角頭攻めに備えます。

千日手が成立

藤井叡王は7筋の歩を突き、菅井八段が美濃囲いを完成させると、飛車を7筋に寄せます。菅井八段が▲3七桂と跳ねると、藤井叡王は△4二銀と引いて両取りを避けます。菅井八段が28分の熟考で▲8八角と引くと、藤井叡王は飛車を8筋に戻します。菅井八段はすぐに▲7七角と戻し、同じ手順が繰り返されて44手までで千日手が成立しました。

指し直し局は三間飛車相穴熊

指し直し局は先後を入れ替え、11時30分に開始されました。持ち時間は藤井叡王が3時間5分、菅井八段が3時間7分となっています。前局と似た進行となり、藤井叡王は一手先行している分8筋に玉を移動し、菅井八段が△5四銀と上がると、▲6六歩と突いて後手の銀の前進を防ぎます。菅井八段が穴熊を目指すと、藤井叡王も追随し相穴熊の将棋となります。

菅井八段の金

菅井八段が四間飛車に振り直すと、藤井叡王は▲2六飛と浮いて先受けします。菅井八段が4筋の歩を伸ばすと、藤井叡王は飛車を3筋に寄せて角頭の歩を狙い、△4三金と上がらせてから飛車を2筋に戻します。菅井八段が6筋の歩を突いて、藤井叡王が次の43手目を考慮中に昼休となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井叡王が2時間50分、菅井八段が2時間51分となっています。

陣形の整備

昼休が明け、藤井叡王が金駒を引き付けて金銀4枚の堅陣を築くと、菅井八段は△4四金と上がります。藤井叡王が▲3六歩と突いて金の前進を防ぐと、菅井八段は銀を引き付けて穴熊を補強します。

角交換

藤井叡王が▲6八角と引くと、菅井八段は△5四金と寄って飛車先を通して軽くします。藤井叡王が2筋の歩を突き捨ててから3筋の歩をぶつけると、菅井八段は手抜いて6筋の歩をぶつけます。藤井竜王は▲7七角と戻し、菅井八段が3筋の歩を取ると、6筋の歩を取って角をぶつけます。菅井八段が4筋の歩を突き捨ててから角交換に応じると、藤井叡王は銀で取ります。

大駒の睨み合い
菅井八段が△5七角と打ち込むと、藤井叡王は▲6六角と合わせます。菅井八段は△4六飛と走って飛車にぶつけますが、藤井叡王は▲2四飛と走ります。菅井八段が角を交換してから取られそうな桂を△3三桂とかわすと、藤井叡王は金取りに▲5五歩と突きます。菅井八段は△4五金とかわしますが、藤井叡王は▲6四歩と伸ばします。AIの評価値は菅井八段の60%とわずかに傾いています。

飛車の捕獲

菅井八段が△5六金と攻撃に参加させると、藤井叡王は▲6五銀と前進して金に当てます。菅井八段が△6六金と当て返すと、残り1時間を切った藤井叡王は、金銀交換してから▲5六金と打って飛車を捕獲します。菅井八段も残り1時間を切り、△6五飛と銀を食いちぎって金取りに△5六角と打ちますが、藤井叡王は21分の考慮で▲4一飛と打ち込んで攻め合います。AIの評価値は、ほぼ互角の範囲で揺れています。

飛車切りの反撃

菅井八段が取れる金を取らずに△6七銀と先手陣に迫ると、藤井叡王は金銀交換に応じてから▲6三銀と後手陣に食いつきます。AIの評価値は菅井八段の67%と、初めて大きく振れます。菅井八段が△6一銀とかわすと、藤井叡王は▲6一同飛成と食いちぎり、もう1枚の飛車を▲2一飛成と飛び込みます。菅井八段は△7一金と埋めますが、藤井叡王は▲7二銀と詰めろを掛け、金を1枚剥がしてから▲6三歩成と成り捨てます。

再び千日手が成立

藤井叡王が空いたスペースに▲7二角と打ち込んで詰めろを掛けると、菅井八段は△7一銀打と詰めろを逃れます。藤井叡王が▲6三角成と金を取ると、菅井八段は更に△7二銀打と埋めます。藤井叡王が▲7二馬と銀を食いちぎって▲7一銀と打ち込むと、菅井八段は△7三銀打と埋め、同じ手順の繰り返しとなり、116手で何と2回目の千日手が成立しました。

菅井八段の工夫

指し直し局は先後を入れ替え、19時15分に開始されました。持ち時間は残り時間が少なかった藤井叡王が1時間、菅井八段に同じ時間を足して1時間6分となっています。再び先手となった菅井八段が三間飛車に振り、1回目の千日手局とは変えて▲5六歩~▲4六銀と出ると、藤井叡王は△4四歩と角道を止めて、両者とも穴熊を目指します。

千日手の影

両者とも金銀4枚を集結した堅陣を築き、藤井叡王が△7二飛と寄って1回目の千日手局と似た攻めを見せると、菅井八段は▲5八飛と回って局面の打開を図ります。藤井叡王は17分の熟考で7筋の歩を交換して飛車を走ると、菅井八段は5筋の歩をぶつけて反発します。藤井叡王が強く飛車で取って飛交換すると、菅井八段は▲7一飛と打ち込んで攻め込みます。

一直線の攻め合い

藤井叡王が5筋の歩を伸ばして"と金"作りを目指すと、菅井八段も▲5二歩と垂らして"と金"作りを図ります。お互いに"と金"を作り、藤井叡王は△7九飛と打ち込み、菅井八段が▲4一"と"と寄って銀に当てますが、構わず△8九飛成と桂を取って竜を作ります。菅井八段も▲8一飛成と桂を取って竜を作りますが、藤井叡王はノータイムで金取りに△4七桂と打ちます。AIの評価値は藤井叡王の64%と少し傾いています。

角切りの逆襲

菅井八段が▲4八金上とかわすと、藤井叡王は△5六歩と"と金"に紐を付けます。菅井八段は"と金"を銀と交換し、少し苦しげな表情を浮かべて8分考え、1筋の歩をぶつけて端攻めに託します。藤井叡王は3分の少考で△1五同角と食いちぎり、角を犠牲に1筋から逆襲します。AIの評価値は藤井叡王の80%と大きく傾きます。

AI超えの即詰み

菅井八段が▲6五角と打って後手陣で浮いている金に当てると、藤井叡王は腰を落として12分考え△1六歩と伸ばします。歩切れの先手は受けづらく、菅井八段は▲4三角成と金を取って下駄を預けますが、藤井叡王は△1七歩成から寄せに入ります。最後は藤井叡王がAIも推奨していない△2九竜と桂を食いちぎり、長手数の即詰みに討ち取りました。

まとめ

1回目の千日手局は、菅井八段が5筋に銀を前進したのに対して、藤井叡王が角道を止めずに応じました。菅井八段は美濃囲いに構える形となり、想定を外れたのか早い段階で千日手を選択しました。
2回目の千日手局は、先手となった藤井叡王が一手早く玉を移動したため相穴熊の将棋となり、形勢は互角の範囲で揺れ動く熱戦となりました。中盤から終盤に掛け、菅井八段が先手からの攻勢をかわしてリードを奪ったかに見えましたが、藤井叡王は飛車切りの強襲から後手玉に攻め掛かり、千日手か打開かの選択を迫ります。菅井八段は再び千日手を選択しましたが、対局後のインタビューで「打開して勝負すべきだった」と悔やむ結果となりました。
最後の指し直し局は両者の持ち時間が1時間程度の早指し勝負となり、中盤に菅井八段が見落としていたという藤井叡王の"と金"に歩をつなぐ手で形勢が傾きました。菅井八段は端攻めに勝負を託しましたが、藤井叡王は角を切って端から逆襲し、AIより早く竜切りからの即詰みを発見して鮮やかに勝負を決めました。
3局合わせて250手の死闘は、本シリーズの決着局に相応しい、両者の意地と執念がぶつかり合う好局だったと思います。

本シリーズのまとめ

本シリーズは藤井叡王が3勝1敗で防衛を果たし、六冠を維持するとともに叡王戦は3連覇となりました。向かうところ敵なしの状況ですが、対局後のインタビューでは「相穴熊になった将棋が多かったですけど、中盤から終盤に掛けてうまく距離感が掴めないところがあったと思うので、その辺りは課題を感じました。全体を通して苦しいシリーズだったと思うので、その中で結果を出せたことを嬉しく思っています」と、いつも通り更なる高みを目指す言葉を並べています。3日後には名人戦第五局が控えており、七冠達成に死角はありません。
菅井八段は挑戦を決めた際「最高の振り飛車対最高の居飛車の戦い」と宣言した通り、プロアマ問わず全国の振り飛車党を勇気づける熱戦を繰り広げました。結果は残念でしたが、また近い将来タイトル戦の場に戻ってくることを楽しみにしたいと思います。

叡王戦は株式会社不二家が主催、ひふみ投信を運用するレオス・キャピタルワークス株式会社、株式会社SBI証券が特別協賛しています。棋譜などは下記サイトをご確認ください。


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