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「観る将」が観た第81期名人戦第一局

4月5-6日、第81期名人戦七番勝負が、恒例となっているホテル椿山荘東京で開幕しました。4連覇を目指す渡辺明名人と六冠を有する藤井聡太竜王の顔合わせとなっています。

藤井竜王はA級に初昇級した今期の順位戦で7勝2敗となり、相星で並んだ広瀬八段をプレーオフで降して挑戦権を獲得しました。名人挑戦は加藤一二三九段に次ぐ二番目の若さとなりますが、奪取すれば谷川浩司十七世名人の21歳2か月を上回る史上最年少記録となります。

久し振りに盛大に行われた前夜祭で、藤井竜王は「名人という言葉には子どもの頃から憧れの気持ちがあり、今回名人戦の舞台に立てることをとても楽しみに思っています」、渡辺名人は「自分自身ベストを尽くして明日から始まる第一局、また番勝負を頑張っていきたいと思っています」と挨拶しています。


意表を突く立ち上がり

多くの関係者が待つ対局室に、藤井竜王が白い着物に灰色の袴と淡い亜麻色の羽織で入室すると、渡辺名人は青灰色の着物に深緑系の縦縞の袴と薄茶色の羽織で入室します。振り駒で先手となった渡辺名人が飛先の歩を突くと、藤井竜王はいつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突きます。渡辺名人が角道を止め角換わりを避けると、藤井竜王は慎重に時間を使いながら相手の出方を窺います。

慎重な駒組み

藤井竜王が39分の熟考で6筋の歩を突き急戦を匂わせると、渡辺名人も21分考えて▲6八銀と上がって備えます。藤井竜王が角道を止め、渡辺名人が次の25手目を考慮中に昼休となりました。渡辺名人が力戦に誘導し、まだお互いの陣形が見えてきません。各9時間の持ち時間の内、残り時間は渡辺名人が7時間33分、藤井竜王が7時間42分となっています。

突然の仕掛け

渡辺名人は昼休を挟んで46分長考し、雁木を組み上げる一手を省略して▲3七銀と攻めの姿勢を見せます。藤井竜王は△4三銀と上がって備えますが、渡辺名人は構わず▲3五歩と仕掛けます。藤井竜王が98分の長考で△6三銀と上がると、渡辺名人は▲3六銀と上がって力を溜めます。藤井竜王が△6二金とバランス型の布陣を目指すと、渡辺名人は雁木ではなく▲6七金右と堅い陣形に組みます。

藤井竜王の機敏な反発

藤井竜王が5筋の歩を突くと、渡辺名人も4筋の歩を突き、お互いに充分に時間を掛けて間合いを測ります。藤井竜王は居玉のまま6筋の歩を突き捨て△6五同桂と跳ね、一瞬顔をしかめた渡辺名人が▲6六角とかわすと、8筋の歩を交換して△8三飛と引きます。渡辺名人が考慮中に定刻となり、次の43手目を封じました。AIの評価値はほぼ互角、残り時間は渡辺名人が4時間59分、藤井竜王が4時間54分となっています。

渡辺名人の連続長考

渡辺名人の封じ手は、▲7九玉と寄って陣形を引き締める手でした。予想通りの一手と思われましたが、藤井竜王は34分の熟考の末に9筋の歩をぶつけ、渡辺名人も72分の長考で同歩と応じます。藤井竜王が△9六歩と垂らすと、渡辺名人は更に43分考えて2筋の歩を突き捨て▲2五歩と継ぎ歩で攻めます。藤井竜王が次の50手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値はほぼ互角、残り時間は渡辺名人が3時間4分、藤井竜王が3時間55分となっています。

藤井竜王の大長考

藤井竜王は昼休を挟む107分の大長考で、前日の昼過ぎにぶつかった3筋の歩を取ります。渡辺名人が2筋の歩を取り込んでから、銀で3筋の歩を取り返すと、藤井竜王は9筋の歩を成り捨て、△9六歩と香頭を叩いて吊り上げます。藤井竜王が8筋に歩を合わせ、飛車を走って香に当てると、渡辺名人は▲6四歩と銀頭を叩いて吊り上げ、▲3四歩と角頭に打って△4二角と引かせ、2筋の歩を成り捨てます。

揺れる評価値

両者の読みが噛み合ってきたのかバタバタと進行しましたが、AIの評価値は藤井竜王の60%と少し傾いてきました。渡辺名人が▲4四銀と出てぶつけると、藤井竜王は銀交換に応じ、△6六歩と金頭を叩いて上ずらせてから△8八歩と桂頭を叩きます。AIの評価値は、時間の経過とともに細かく揺れています。渡辺名人は34分考えて金で歩を取り、藤井竜王が20分程考えて夕休の時刻となりました。残り時間は渡辺名人が1時間29分、藤井竜王が1時間41分となっています。

藤井竜王の竜

藤井竜王は夕休が明けるとすぐに△8七銀と追撃し、渡辺名人は飛車に当てて▲9七銀と受けます。藤井竜王が金銀交換してから△6九金と打ち、玉で取らせて△8八飛成と銀を取って竜を作ると、渡辺名人は▲7九金と打って竜を9筋に追います。残り1時間となった渡辺名人が▲1一角成と香を取って馬を作ると、AIの評価値は藤井竜王の68%と振れ、桂を5筋に飛び込んで成る手を推奨しています。

人間が選択する最善手

藤井竜王が桂成を保留し△8八歩と着実に寄せる手を選択すると、AIは評価値を戻して先手が銀を後手の桂の利きに差し出して、飛車の横利きを通して受ける手を推奨しています。渡辺名人は42分を投じて受けていても勝機はないと判断し、▲2一馬と桂を取り、▲3二馬と金を取って攻め合います。藤井竜王も△8九歩成と桂を取り、△7九"と"と金を取って王手し、△1五角と飛び出して挟撃態勢を作ります。お互いに一直線に相手玉に迫り、一気に終盤戦に突入します。

難解な終盤戦

渡辺名人は残り4分まで考えて、秒読みに追われて少し迷った手つきで▲4二銀と居玉の後手玉に王手します。AIの評価値は藤井竜王の80%と大きく傾きましたが、まだまだ逆転の筋も残されているようで、残り1時間を切った藤井竜王は慎重に18分考えて△6一玉とかわします。渡辺名人が▲5四馬と引いて挟撃態勢を作りつつ、自玉の上部への逃げ道を確保すると、藤井竜王は△4八金と王手してから、△4二角と先手の攻め駒の銀を取って自玉の安全を図ります。

金銀4枚の堅陣

渡辺名人が▲4八飛と金を取って自玉の退路を作りながら攻め駒を補充すると、藤井竜王は自陣に2枚の銀を投じて馬を追い、金銀4枚の堅陣を築きます。渡辺名人が馬を角と交換し、金銀両取りに▲5四桂と打つと、藤井竜王は△8七竜と王手し、竜の利きを自陣に通します。1分将棋に突入した渡辺名人は香で合い駒しますが、自玉の安全を確保した藤井竜王は"と金"で先手玉を追い詰めます。藤井竜王が△2七角と打って先手玉の脱出路を塞ぐと、渡辺名人は静かに投了を告げました。

まとめ

本局は渡辺名人が力戦調の将棋に誘導し、お互いに陣形が整う前に積極的に仕掛ける趣向を見せました。藤井竜王は機敏に反発して主導権を握り、名人戦らしい長考の応酬が続く中盤戦となりました。少し苦しいと感じた渡辺名人は攻め合いに勝負を託しましたが、藤井竜王は自陣を補強して万全を期してから寄せ切りました。
藤井竜王は初挑戦の名人戦で幸先良く先勝し、対局後には「内容としては序盤から常に難しい局面が続いていて、充実感があったと思います」と話しました。
全4局を角換わり腰掛け銀で戦った棋王戦五番勝負とは方針を変えたと思われる渡辺名人が、次局以降どのような作戦をぶつけてくるのか楽しみにしたいと思います。

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