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「観る将」が観た第93期棋聖戦第一局

6月3日、第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負が兵庫県洲本市のホテルニューアワジで開幕しました。早くも3期目の防衛を目指す藤井聡太棋聖と、第87期以来2度目の挑戦となる永瀬拓矢王座の顔合わせとなっています。両者は研究パートナーとして知られており、これまでの対戦成績は藤井棋聖の7勝3敗ですが、タイトル戦で顔を合わせるのは今回が初めてのこととなります。


対局前の談話

永瀬王座は挑戦を決めた直後に「藤井棋聖の凄さは自分が一番わかっている気がするので、なりふり構わずやらないと勝負にならないかなという印象」と話しています。藤井棋聖は前日のインタビューで「永瀬王座には自分が四段だったころから練習将棋で教えていただいていますので、今回とても大きな舞台で対局できるのは楽しみ」と話しており、多くの将棋ファンにとっても楽しみなカードになりました。

相掛かりから棋聖が積極的な仕掛け

挑戦者の永瀬王座が紺のスーツとネクタイで入室し、藤井棋聖が濃紺の着物に紺の羽織で入室します。振り駒で先手となった藤井棋聖は、いつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突き相掛かりに誘導します。お互いに飛先の歩を交換し、24手目に永瀬王座が再び8筋の歩を合わせると、藤井竜王は早くも手を止め24分の熟考で角を交換します。藤井棋聖はすぐに▲7五角と飛車取りに打ち、永瀬王座に飛車を引かせてから▲8六歩と歩を払います。あまり見かけない手順に、ABEMAでは相掛かりを得意とする斎藤明日斗五段が「いやぁ朝から驚きましたね」と話しています。

激しい戦いは回避

永瀬王座が△4二玉と上がって角成を防ぐと、藤井棋聖は▲8七金と上がって角を動けるようにします。永瀬王座は歩で角を追いますが、藤井棋聖が飛車を五段目に浮き飛車交換の攻め合いを狙うと、△7五歩と突き捨てて回避します。永瀬王座が34分の熟考で銀を上がって再度角を追うと、藤井棋聖は▲6六角と引き、お互いに陣形の整備に戻ります。永瀬王座が46手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値はほぼ互角、各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井棋聖が2時間41分、永瀬王座が2時間47分と拮抗しています。

苦心の駒組み

昼休明け、永瀬王座が銀を上がって矢倉の形を作ると、藤井棋聖は4筋の歩を突いて銀の活用を図ります。千日手の手順もあるようでしたが、永瀬王座は52分の長考で5筋の位を取って回避します。藤井棋聖は▲4七銀と上がり、両者とも間合いを測る駒組みが続きます。藤井棋聖は一手一手時間を使い、飛車を最下段に引き▲8八角と引きます。永瀬王座が△8四飛と浮くと、藤井棋聖は▲6六角と戻します。再び千日手の可能性が出てきましたが、AIの評価値は永瀬王座の57%と少し傾いています。藤井棋聖の残り時間は1時間を切りました。

千日手が成立

藤井棋聖は15分考えて打開の手を探りましたが角を引き、同じ手順を繰り返して千日手が成立しました。残り時間は藤井棋聖が49分、永瀬王座が1時間30分となっています。規定により30分後、16時47分から先後を入れ替えて指し直しとなりました。持ち時間は少ない方の藤井棋聖が1時間、永瀬王座にも11分足して1時間41分となります。

二局目もまさかの千日手

先手となった永瀬王座が角換わりに誘導し、藤井棋聖は9筋の端歩を受けずに腰掛け銀を急ぎます。永瀬王座が9筋の位を取って▲8八玉と入城すると、藤井棋聖は早速△6五桂と跳ねます。永瀬王座が銀を上がってかわすと、藤井棋聖は△4二玉と戻します。永瀬王座は8分考えて▲5八金と寄りますが、藤井棋聖が△3一玉と戻すと同じ手順の繰り返しとなります。「藤井さんと一緒にいたいってことですかね、盤の前で」と斎藤明日斗五段の名言も飛び出し、何と2回目の千日手が成立しました。18時18分から再度指し直しとなり、持ち時間は藤井棋聖が1時間、永瀬王座は1時間26分となります。

三局目は角換わり

再び先手となった藤井棋聖が角換わりに誘導し、相腰掛け銀の将棋となりました。藤井棋聖が▲8八玉と入城してから▲4五桂と仕掛けると、永瀬王座は△2二銀と引いて受けます。永瀬王座が4筋の歩を伸ばして桂を取る間に、藤井棋聖は3筋の歩を取り込みます。永瀬王座は6,9筋の歩を突き捨ててから△7五歩とぶつけます。藤井棋聖が構わず6筋の歩を伸ばすと、永瀬王座は飛先の歩も交換して先手陣を乱します。激しく駒がぶつかり合いますが、定跡化されている手順のようで、両者ほとんど時間を使わずに指し進めます。

挑戦者の研究将棋

永瀬王座が△6六角と王手で打つと、藤井棋聖は角を合わせて交換します。永瀬王座は銀取りに△8四桂と打ち、藤井棋聖が▲7五銀とかわすと△7六歩と追撃します。藤井棋聖が▲8五桂と跳ねて桂交換すると、永瀬王座は銀取りに△7一飛と寄ります。藤井棋聖は研究を外れたか少しずつ時間を使い始めましたが、永瀬王座はほとんどノータイムで指し続けています。AIの評価値は、ほぼ互角の範囲で揺れています。

玉頭での攻防

藤井棋聖が24分考えて▲7四歩と銀を守ると、永瀬王座はようやく少し手を止め6分の考慮で△8六歩と金頭を叩きます。藤井棋聖が▲8六同銀と取ると、永瀬王座は△6六角と王手してから△7四飛と走ります。藤井棋聖が6分考えて▲7五歩と打つと、永瀬王座は△7五同角と取ります。藤井棋聖の残り時間が早くも10分を切りましたが、永瀬王座は1時間以上残しています。藤井棋聖は残り2分まで考えて▲7五同銀と取り、飛車取りに▲8六角と打ちます。AIの評価値は永瀬王座の75%と傾いてきました。

棋聖の反撃

勝負所と見た永瀬王座はここで腰を落として20分考え、△7七銀と王手します。藤井棋聖が▲6九玉とかわすと、永瀬王座は△4七歩と金頭を叩いて先手陣を乱してから△8五飛とかわします。永瀬王座は△8六銀成と角を取りますが、藤井棋聖は取れる飛車を取らずに▲4四桂と後手玉に迫ります。永瀬王座が金を引いてかわすと、藤井棋聖は飛車を取って▲8二飛と打ち込みます。永瀬王座が△6一歩と金底の歩を打つと、藤井棋聖はついに1分将棋となり▲7四歩と攻め合います。AIの評価値は永瀬王座の95%と大きく傾きました。

石橋を叩いて渡る終息

永瀬王座も慎重に少しずつ時間を使い、残り8分まで考えて△6六桂と打って寄せに入ると、藤井棋聖は▲7三歩成と"と金"を作って下駄を預けます。永瀬王座は残り3分まで考えましたが、いったん自陣に手を戻して△8一歩と飛車の利きをずらします。ここで永瀬王座が先手の銀の利きに△6五角と打った手が決め手となりました。この角を取ると飛金両取りにもう1枚の角を打たれるので、藤井棋聖は▲6二"と"と金を取りますが、永瀬王座は角で竜を取って後手陣は安泰です。永瀬王座が△5八角と打ち△4七角成と金を取ると、藤井棋聖は水を飲み、しばらく俯いてから投了を告げました。

第一局を制したのは

一局目は藤井棋聖が積極的な動きを見せましたが、永瀬王座が先手の角の動きを封じて手詰まりとなり千日手になりました。
二局目は永瀬王座が「準備不足の展開になった」ので、駒組み段階での千日手となりました。
三局目は藤井棋聖が桂損の仕掛けを見せましたが、永瀬王座が終盤の入り口まで研究充分の展開となりました。さすがの藤井棋聖も少ない持ち時間では対応しきれず、永瀬王座が優勢の局面を作ると慎重に相手の攻め筋を消して寄せ切る快勝となりました。
対局後のインタビューで次局に向けて聞かれ、永瀬王座は「先手番を活かせるように準備したいと思います」、藤井棋聖は「2週間弱あるので、それに向けてしっかり取り組めたらと思います」と答えました。第一局から2回の千日手と両者の意地を感じさせる展開となりましたが、次局以降も熱戦を期待したいと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第93期ヒューリック杯棋聖戦第一局 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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