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「観る将」が観た第95期棋聖戦挑戦者決定戦

4月22日、ヒューリック杯棋聖戦決勝トーナメントの決勝が行われました。名人3期の実績を持つ佐藤天彦九段と、2009年の王座戦以来のタイトル挑戦を目指す山崎隆之八段の顔合わせとなっています。

佐藤九段は二次予選を村中七段、屋敷九段らを破って決勝トーナメントに進出し、藤井(猛)九段、西田五段、佐々木(大)七段を降して勝ち上がりました。山崎八段は二次予選を糸谷八段、松尾八段らを破って決勝トーナメントに進出し、森内九段、渡辺(明)九段、永瀬九段を降して勝ち上がりました。

両者の対戦成績は佐藤九段の5勝、山崎八段の6勝と拮抗しています。最近は振り飛車の採用が多い佐藤九段と、独創的な将棋で根強いファンを魅了する山崎八段の作戦選択が注目されます。


佐藤九段が向かい飛車

振り駒で先手となった佐藤九段が向かい飛車に振り、▲8六角と上がって後手の駒組みを牽制すると、山崎八段は早くも36分の熟考で△4二金と上がって角成を防ぎ、8筋の歩を伸ばして角を引かせます。山崎八段が4筋の歩を伸ばして角道を通すと、佐藤九段が次の27手目を考慮中に昼休となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は佐藤九段が3時間19分、山崎八段が2時間56分となっています。

先手の角を巡る攻防

佐藤九段が昼休を挟む25分の熟考で8筋の歩を交換して角で取ると、山崎八段は6筋の歩を突いて角の利きを止めます。お互いに駒組みに戻り、佐藤九段は美濃囲いに構えてから、浮き駒となっている飛車を▲8七飛と浮き▲8八歩と支えます。山崎八段が△8五歩と打って角を追うと、佐藤九段は4筋の歩を交換して銀を繰り出します。

山崎八段の仕掛け

佐藤九段は飛車を6筋に回し、山崎八段が8筋の歩を伸ばすと、▲4五歩と打って位を確保します。山崎八段は33分の熟考で6筋の歩をぶつけ、佐藤九段が▲5七角と上がって受けると、飛車を6筋に回します。佐藤九段は5筋の歩を突き捨てて後手の角の利きを止めてから6筋の歩を取り、山崎八段が△5四銀左と繰り出すと、▲6六角と上がって捌きを狙います。

山崎八段が先手の大駒を押さえ込み

山崎八段は△6五飛と走って歩を取り、佐藤九段が▲5六歩とぶつけると、飛車を下段に引きます。佐藤九段は5筋の歩を取り込み、山崎八段が△6五銀とかわしつつ角に当てると、▲4八角と引きます。山崎八段は△6六歩と飛頭を叩いて先手の飛車と角の利きを止め、佐藤九段が飛車を下段に引くと、7筋の歩をぶつけます。

佐藤九段の捌き

残り1時間を切った佐藤九段が▲7七桂と跳ねて銀に当てると、山崎八段は△7六銀と前進します。佐藤九段が△6六飛と走ると、山崎八段は32分の熟考で残り40分となり、△6四銀と上がって飛車交換を避けます。先手の飛車角を押さえ込んでいた歩が取り払われ、AIの評価値は佐藤九段の57%とわずかに傾いています。

山崎八段が戦線拡大

佐藤九段が▲7八歩と打って桂を支え、▲6五歩と打って銀を追い返し、▲5六飛と回すと、山崎八段は△7四銀と上がって再び飛車の押さえ込みを図ります。佐藤九段が5筋の歩を伸ばすと、山崎八段は1筋の歩を突き捨て、△1七歩と垂らして香を吊り上げ、8筋の歩を成り捨ててから△7三桂と跳ねて戦線を拡大します。

両者とも残り10分を切っての戦いに

佐藤九段が▲6六角とぶつけて角交換すると、山崎八段は△7七銀不成と桂を食いちぎり、△6五銀と飛車に当てて引かせます。山崎八段が△2四桂と端攻めに戦力を加えると、佐藤九段は▲2五銀と桂先の銀で受けます。山崎八段が残り10分まで考え、歩の連打で先手陣を乱して飛車取りに△7七角と打ち、更に△6八歩と飛頭を叩くと、佐藤九段も残り9分まで考えて▲8九飛とかわします。

馬を作り合っての攻防

山崎八段は△3三角成と馬を自陣に引き付け、佐藤九段が▲6七金と陣形を引き締めると、△5四銀と歩を補充します。佐藤九段は飛銀両取りに▲7二角と打ち込み、山崎八段が△6四飛と受けると、▲5九飛と回して銀を狙います。山崎八段は△5五歩と受け、佐藤九段が▲8一角成と馬を作ると、△6九歩成と"と金"を作って飛車を追います。AIの評価値はほぼ互角に戻っています。

山崎八段の竜

佐藤九段は馬で香を取り、山崎八段が△6五桂と跳ねると、▲5八歩と守ります。1分将棋に突入した山崎八段が少し慌てた手つきで△8四飛と寄って馬に当て、△8七飛成と竜を作ると、佐藤九段は3筋の歩を突いて後手の玉頭を狙います。山崎八段が△1六歩と端攻めを再開し、桂香交換して△1七歩と垂らしてから、△6六"と"と挟撃態勢を作ると、佐藤九段は▲4四歩とぶつけて攻め合います。

佐藤九段の竜

山崎八段は△5六"と"とぶつけて金と交換し、佐藤九段が4筋の歩を成り捨ててから▲1七香と垂れ歩を取ると、△4四歩と打って補強します。佐藤九段は金銀両取りに▲5五桂と打ち、山崎八段が△5四銀とかわすと、▲8八飛と回します。山崎八段は△5三金とかわし、佐藤九段が▲8二飛成と竜を作ると、△4六竜と銀を取ります。AIの評価値は山崎八段の71%と大きく傾いてきました。

竜切りの強襲

佐藤九段が▲6三桂成と飛び込むと、山崎八段は△4九竜と金を食いちぎってから△6三銀と成桂を取ります。佐藤九段は▲6三同馬と取り、山崎八段が△4二金と埋めると、▲7三馬とかわします。山崎八段が銀取りに△4七香と打つと、佐藤九段も1分将棋となり、手抜いて▲8一竜と後手玉に迫ります。

上部脱出

山崎八段は△4九香成と銀を取り、佐藤九段が▲3一飛と打ち込むと、△4三玉とかわします。佐藤九段は▲2一飛成と桂を取って2枚目の竜を作りますが、山崎八段は落ち着いた手つきで△3九銀と王手し、△6四銀と打って先手の馬の利きを遮断して詰めろを掛けます。佐藤九段は▲5五桂から王手を続けますが、上部に脱出した後手玉は捕まらず、▲3七銀と打って詰めろを逃れます。佐藤九段は2枚の竜を自陣に引き付けて粘りましたが、山崎八段が△3九同成香と竜を取ると、はっきりした声で「負けました」と告げました。

まとめ

本局は序盤から前例のない戦いとなり、両者とも小刻みに時間を使う展開となりました。佐藤九段は押さえ込まれそうだった飛車角を捌き、わずかに優勢になったと思われましたが、山崎八段は戦線を拡大して作った馬を自陣に引き付けチャンスを待ちました。最後はお互いに竜を作って攻め合いとなりましたが、山崎八段は竜を切って先手陣を崩し、佐藤九段の2枚竜の反撃を凌いで寄せ切りました。
15年ぶり2度目のタイトル挑戦となった山崎八段は、五番勝負に向けた抱負を聞かれ「実力差があるのはわかっているので、作戦をしっかり考えて、少しでもチャンスがある五番勝負にしたい」「観ている方に最後はどうなるかわからない将棋になるように頑張りたい」と控えめに語りました。AI研究に頼らない独創的な将棋で、ファンを喜ばせる番勝負になることを期待したいと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第95期ヒューリック杯棋聖戦挑戦者決定戦 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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