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「観る将」が観た第52期新人王記念対局

1月2日、新人王を獲得した伊藤匠四段の、藤井聡太竜王との記念対局が放映されました。新人王記念対局は2005年までは公式戦扱いで相手は名人と決まっていましたが、2006年以降は非公式戦となりタイトルホルダーの1人と対局する形になりました。持ち時間は各3時間で新人王の先手と決まっており、2006年以降は新人王側からみて6勝9敗です。藤井竜王も2018年に新人王となり、豊島将之二冠(当時)と記念対局を行い勝っています。50年以上の長い歴史を持つ新人王記念対局ですが、10代同士の対局は初めてだそうです。

両者はまだ公式戦での対局がなく、この日がプロ入り後の初対局となります。ともに2002年生まれの同学年であり、小学生時代の将棋大会での対局では、藤井竜王が大失着で敗れ大泣きした逸話は有名です。また第4回ABEMAトーナメントでは、リーダーの藤井竜王がドラフト1巡目に伊藤四段を指名してチームメイトとなり、見事に優勝を飾っています。ちなみに、もう一人のチームメイトとなった高見七段が本局の解説を担当しています。

伊藤四段は得意の相掛かりに誘導し、藤井竜王も受けて立ちました。藤井竜王が△5二玉型に構えると、伊藤四段は藤井竜王が先手番の時によく採用している▲4七銀型に構えます。藤井竜王が先に飛先の歩を交換し四段目に引くと、伊藤四段は1筋の位をとります。藤井竜王が再度△8六歩と合わせると、伊藤四段が長考し昼休となりました。AIの評価値は全くの互角、残り時間は藤井竜王が2時間24分、伊藤四段が1時間48分と30分以上差が付いています。

伊藤四段は昼休を挟み39分の考慮で▲8六同歩と応じます。藤井竜王が飛車を走り、伊藤四段が▲5六銀と上がると、今度は藤井竜王が熟考に沈みます。渡辺名人が様子見にきて、棋譜を確認しています。藤井竜王は35分考えて△9五歩と仕掛けます。解説陣もAIも予想していなかった仕掛けに、伊藤四段は35分考えて▲9五同歩と取ります。藤井竜王が桂を吊り上げて△8五桂と跳ねると、伊藤四段は角を交換してから歩で飛車を追います。

藤井竜王は△9八角と打ち込み、桂を食いちぎって王手で△7七飛成と竜を作ります。藤井竜王は駒損の攻めですが、AIの評価値は68%と少し優勢になってきたようです。伊藤四段は自陣に角を打って凌ぎますが、藤井竜王は△9七桂成と飛び込んで銀桂交換します。伊藤四段はもう1枚の角を▲8二角と打ちこみますが、藤井竜王は△8七歩と垂らして攻め続けます。伊藤四段は▲7三歩を効かしてから▲6九角と引き、飛車の横利きで守ります。

藤井竜王は香を取り合ってから△7一金と寄り、先手の馬の動きを封じます。伊藤四段は▲7二香と打ち、馬を取られる間に▲7一香成と金を取ります。藤井竜王が△9六竜と戻して先手の角が攻撃に参加するのを封じると、解説の深浦九段は「昔の羽生さんを思い出す」と唸ります。藤井竜王は△5四香~△4四桂と先手の玉頭から攻め掛かり、AIの評価値は藤井竜王の81%と傾いてきました。伊藤四段は苦しいと感じているはずですが顔色一つ変えず、秒読みに追われながら▲6二"と"とタダで捨て、▲5四桂の王手から激しく反撃します。

伊藤四段が▲7三金と後手の玉頭に楔を打つと、藤井竜王は△8四角と王手金取りで返します。当然読み筋の伊藤四段は▲7五桂と打って、王手を消しつつ金を取られれば桂を成り込む勝負手を放ちます。後手玉もかなり危険な状態に見えましたが、藤井竜王は冷静に△5四歩と桂を外します。伊藤四段は更に▲6六香と追撃しますが、藤井竜王は△7五竜ともう1枚の桂も取り除きます。伊藤四段は▲7三銀と詰めろ角取りに打ちますが、藤井竜王が△6一玉とかわすと攻めが続きません。伊藤四段は角を取って下駄を預けますが、藤井竜王は△4七香の王手から寄せ切りました。

本局は記念対局という形で公式戦ではありませんが、藤井竜王は全力で勝ちに行き、端攻めから角を捨てて竜を作り優勢になると、藤井竜王らしい解説陣も思いつかない好手を連発して徐々にリードを拡げる完勝となりました。伊藤四段も巧みな受けから逆襲に転じ、素人目にはあわや逆転かという見せ場を作る等、非凡な才能を魅せてくれました。

伊藤四段は同学年ながら既に四冠を保持して第一人者に昇り詰めた藤井竜王との対局を「嬉しい」と語りましたが、解説の高見七段が何度も言った通り、藤井竜王にとっても同学年のライバル候補が新人王を獲得して着実に力を付けてきたことを実感できて嬉しかったのではないかと思います。新人王戦表彰式で「新人王戦で優勝できたことで少し自信を持つことができました」と語った伊藤四段が、近い将来藤井竜王とタイトルを争うのは間違いありません。両者のまさに記念すべきプロとしての初対局は、多くの将棋ファンにとってもワクワクするような好局だったと思います。

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