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「観る将」が観た第71期王座戦五番勝負第四局

10月11日、王座戦五番勝負第四局が京都市のウェスティン都ホテル京都で行われました。1勝2敗でカド番となった永瀬拓矢王座が巻き返すのか、藤井聡太竜王名人が一気に奪取し全冠制覇を成し遂げるのか、将棋界の歴史に残る大一番となりました。

前日のインタビューで、永瀬王座は「一局一局集中してベストのパフォーマンスを出すしかないと思っていますので、余計なことは考えずに一局に集中するしかないと思います」、藤井竜王名人は「明日は多くの方に注目していただける一局になると思うので、それに相応しい熱戦にできるよう精一杯指したいと思っています」と抱負を述べています。


戦型は角換わり

ホテルに設けられた和風の対局室に、永瀬王座が白い着物と鈍色の袴に水色の羽織で入室すると、藤井竜王名人は藤色の着物と灰色の袴に白い羽織で入室します。先手の永瀬王座が角換わりに誘導し、19手目に3筋に右桂を跳ねて急戦を匂わせると、藤井竜王名人は11分程手を止めて7筋の歩を突きます。

永瀬王座の研究

藤井竜王名人が右桂を7筋に跳ねると、永瀬王座はノータイムで▲4五桂と跳ねて仕掛けます。藤井竜王名人は19分の考慮で銀を4筋に上がってかわし、永瀬王座が飛先の歩を交換すると、△2二歩と低く受けます。永瀬王座は右銀を上がって歩を支え、藤井竜王名人が71分の長考で8筋の歩をぶつけると、すかさず銀で取ります。藤井竜王名人が銀で4筋の桂を食いちぎり、銀香両取りに△5五角と打つと、永瀬王座は飛車を引いて銀に紐を付けます。

残り時間の大差

藤井竜王名人は9筋の香を取って馬を作り、永瀬王座が角を合わせると、馬と角の交換に応じます。藤井竜王名人が53分の長考で金を5筋に上がって陣形を引き締めると、ここまで5分しか消費していなかった永瀬王座は初めて手を止め、次の41手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は永瀬王座の62%と傾いています。各5時間の持ち時間の内、残り時間は永瀬王座が4時間39分、藤井竜王名人が2時間12分と一方的に時間を使わされる展開となっています。

永瀬王座の大長考

昼休が明け、永瀬王座が7筋の歩をぶつけて桂頭を狙うと、藤井竜王名人は42分の熟考で飛車を浮いて守ります。永瀬王座は124分の大長考で7筋の歩を取り込み、藤井竜王名人が飛車で取ると、▲3八角と打って飛車に当てます。AIの評価値は永瀬王座の53%と、ほぼ互角に戻っています。

藤井竜王名人の竜と永瀬王座の馬

藤井竜王名人が38分の熟考で残り51分となり、飛車を5筋にかわすと、永瀬王座は7筋の桂取りに歩を打ちます。藤井竜王名人は飛車を成って王手し、永瀬王座が銀を打って守ると、五段目に引きます。永瀬王座が7筋の桂を取り、8筋に角を飛び込んで馬を作ると、銀を6筋に上がってかわします。次の55手目を永瀬王座が考慮中に夕休となりました。AIの評価値は永瀬王座の65%と再び振れ、残り時間は永瀬王座が2時間2分、藤井竜王名人が50分となっています。

竜と馬の追いかけっこ

永瀬王座が夕休を挟む30分の熟考で7筋に桂を打って銀に当てると、藤井竜王名人は玉を4筋に上がって早逃げします。永瀬王座は銀桂交換し、4筋に手にした銀を打ち、更に▲7四馬と引いて後手の竜を取りに行きます。藤井竜王名人は6筋の歩を突いて竜の利きを馬に当て、永瀬王座が馬を引いて竜に当て返すと、竜を6筋に引いて逃れます。

藤井竜王名人の辛抱

永瀬王座は銀を5筋に進め、藤井竜王名人が竜を1つ引いて当たりを避けると、12分の考慮で残り53分となり、4筋に銀を上がって援軍を送ります。藤井竜王名人が△5四桂と先手が歩を打ちたいところに打って銀に当てると、永瀬王座は銀で桂を食いちぎって7筋に歩を垂らします。藤井竜王名人は7筋に歩を打って辛抱し、永瀬王座が馬で5筋の歩を取ると、玉を3筋に早逃げして2筋を補強します。

藤井竜王名人の逆襲

永瀬王座が馬を1つ引いて9筋の香を狙うと、藤井竜王名人は銀を打って防ぎます。永瀬王座が馬を引くと、藤井竜王名人は再度5筋に桂を打って銀に当てます。永瀬王座は銀をぶつけて交換し、藤井竜王名人が角を打って馬に当てると、馬で桂を取ります。藤井竜王名人が馬取りに香を打つと、永瀬王座は馬を7筋に引いてかわします。AIの評価値はほぼ互角に戻っています。

玉頭攻め

藤井竜王名人が1分将棋に突入し、5筋の銀頭に歩を打つと、永瀬王座は香頭に歩を打ち返します。藤井竜王名人が歩で銀を取り、更に金頭に歩を打つと、永瀬王座は金で歩を取ります。藤井竜王名人は香で歩を取り、永瀬王座が馬で取り返すと、角で金を食いちぎり、飛頭を歩で叩きます。

ギリギリの攻め合い

永瀬王座は▲7五角と王手し、藤井竜王名人が金を寄って防ぐと、飛車を引いてかわします。藤井竜王名人が飛頭に銀を打って畳み掛けると、永瀬王座は竜頭に銀を打って攻め合います。藤井竜王名人が銀で飛車を取り、更に銀を打って王手すると、永瀬王座は角で銀を取って凌ぎます。AIの評価値は、両者の間で大きく揺れ動いています。

永瀬王座が竜を捕獲

藤井竜王名人が竜を引いてかわすと、永瀬王座は竜頭を歩で叩きます。藤井竜王名人は竜を8筋に逃がしますが、永瀬王座も1分将棋に突入し、竜取りに香を打ちます。藤井竜王名人は6筋に逃がしますが、永瀬王座は更に銀を打って竜を捕獲します。藤井竜王名人が竜を銀と交換し、2筋の歩を突いて玉の退路を作ると、永瀬王座は5筋の歩を成って"と金"を作ります。

絶体絶命

藤井竜王名人は△3七角と打ちますが、永瀬王座は構わず"と金"を引いて金に当てます。藤井竜王名人が金で"と金"を食いちぎり、銀で先手玉の上部を押さえ、詰めろを掛けて下駄を預けると、AIの評価値は永瀬王座の99%を示しています。

衝撃の結末

永瀬王座は▲5三馬と王手し、藤井竜王名人が玉を2筋に上がってかわすと、AIの評価値は藤井竜王名人の88%と大逆転を示しています。永瀬王座は自陣に桂を打って詰めろを逃れますが、藤井竜王名人は歩で先手玉を下段に落としてから飛車を打ち込んで王手します。自らの失着に気付いた永瀬王座は顔を紅潮させ、かなり悔しそうなそぶりを見せながら数手指し続けましたが、藤井竜王名人は少し申し訳なさそうに俯きながらも、緩みなく即詰みに討ち取りました。

まとめ

本局は昼休明けまで研究の局面を築いた永瀬王座が、ほとんど時間を使わずにリードを奪いました。藤井竜王名人は惜しみなく時間を使って応じ、いったんは形勢を互角に戻しましたが先に1分将棋となり、永瀬王座が竜を捕獲して勝勢となりました。もはやこれまでと思われた藤井竜王名人が詰めろを掛けて下駄を預けると、1分将棋となっていた永瀬王座は決め手を逃し、藤井竜王名人の大逆転となりました。

本シリーズのまとめ

本シリーズは藤井竜王名人が3勝1敗で王座を奪取し、前人未到の全八冠制覇となりました。対局直後に藤井竜王名人は「どれも難しい将棋だったかなと思っていて、中盤で差を付けられてしまう将棋が多くて、まだ実力不足を感じるところが多かったと思っています」とシリーズを振り返りました。敗者を慮ってか快挙を達成しながらもまったく喜びの表情はなく、若き覇者が目指すところは更なる高みにあるのだと感じさせます。
永瀬王座は「棋聖戦よりはだいぶ差が縮まったのかなと思っていましたが、終盤でチャンスがあった時に決定力が足りずに負けになってしまうということを2局続けてしまいました。全体的には一局一局全力で挑むことができて、一生懸命指して内容的にも見ごたえある瞬間もあったのかなと思いますので、自分なりにベストを尽くして今の自分の全力を出せたと思います」と話しました。驚異的な研究量で絶対王者を苦しめた手ごたえを感じたのか、サバサバとした受け答えでしたが、残念な結果だっただろうと思います。
今後も両者によるタイトル戦があると思いますので、熱戦を期待したいと思います。

本稿は王座戦の棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ouza)に従っています。
第71期王座戦五番勝負第四局、主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟

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