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「観る将」が観た第9期叡王戦五番勝負第四局

5月31日、叡王戦五番勝負第四局が千葉県柏市の「柏の葉カンファレンスセンター」で行われました。全八冠を持つ藤井聡太叡王がここまで1勝2敗と、20回を超えるタイトル戦で初めて先にカド番に立たされており、将棋界大注目の一局となりました。挑戦者の伊藤匠七段としては、先手番の本局で一気に決着を付けたいところだと思います。

前日のインタビューでは、藤井叡王は「苦しい状況ですけれど集中して考えるということは変わらないと思っているので、明日はこれまで通りそのことだけを意識したいと思っています」、伊藤七段は「勝てばタイトル奪取ということにはなりますけれど、もちろん厳しい戦いになると思うので、しっかり良い内容の将棋を指すことを第一に考えていきたいと思います」と話しています。


戦型は角換わり相腰掛け銀

広い会議室の一角に畳を敷いて設けられた対局場に、藤井叡王が先に濃紺の着物と淡い藤色の袴に茶色の羽織で入場すると、すぐに伊藤七段が灰緑の着物と灰色に細い縦縞の袴に白い羽織で入場します。先手の伊藤七段は角換わり相腰掛け銀の将棋に誘導し、藤井叡王が△6三金から右玉に構えると、▲8八玉と入城して銀矢倉の形に組みます。

伊藤七段は穴熊へ

角換わり特有の手待ちが続き、両者ともほとんど時間を使わずに指し進めていましたが、藤井叡王が飛車を4筋に回すと少しずつ時間を使い始めます。伊藤七段が9筋の香を上がって穴熊に潜ると、藤井叡王は飛車を8筋に戻して△4二銀と引きます。伊藤七段が2筋の歩を交換して飛車を走ると、藤井叡王は先手の穴熊が整う前に6筋の歩をぶつけて仕掛けます。

藤井叡王の端攻め

伊藤七段は20分の考慮で飛車を引き、藤井叡王が6筋の歩を取り込むと、同銀と応じます。藤井叡王が9筋の歩をぶつけると、伊藤七段は41分の熟考で強く同歩と応じます。AIの評価値は藤井叡王の58%とわずかに傾き、藤井叡王が次の68手目を30分程考えて昼休となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井叡王が2時間59分、伊藤七段が2時間3分と1時間近い差が付いています。

守りの角と好所の角

藤井叡王は昼休を挟む34分の熟考で△9七歩と香頭を叩いて吊り上げ、8筋の歩を突き捨ててから更に△9六歩と叩いて吊り上げ、香取りに飛車を走ります。伊藤七段は▲8七角と打って香を守り、藤井叡王が飛車を引くと、角頭に歩を打って傷を消します。藤井叡王は△6四角と左右を睨む好所に据え、伊藤七段が7筋の歩をぶつけて角頭を守ると、△6五歩と銀頭を叩きます。

伊藤七段の辛抱

伊藤七段が▲7七銀と引いて辛抱すると、藤井叡王は55分の長考で△4六角と歩切れを解消して桂に当て、▲4八金と上がらせてから△6四角と戻します。伊藤七段が40分の熟考で残り44分となり、▲2四歩と垂らして△2二歩と使わせ、▲4七金と上がって飛車の横利きを守りに利かせると、藤井叡王も残り1時間を切り、△7五角と歩を補充します。

待望の合わせの歩

伊藤七段は9筋の歩を伸ばし、藤井叡王が△8五歩と合わせると、▲7六角と上がって先受けします。藤井叡王は3筋の歩を突き捨ててから8筋の歩を取り込み、伊藤七段が▲9三歩成と"と金"を作ると、構わず桂取りに△3六歩と打ちます。伊藤七段は▲8二歩と飛頭を叩き、藤井叡王が飛車を3筋にかわすと、取られそうな桂を2筋に跳ねます。AIの評価値は藤井叡王の68%と大きく傾いてきました。

藤井叡王の馬

藤井叡王は3筋の歩を成り捨て、金で取らせて△5七角成と馬を作り、伊藤七段が▲4七金と戻して馬に当てると、△7五馬と好所に引き付けます。伊藤七段は銀取りに▲5五歩と打ち、藤井叡王が△4五銀とぶつけると、▲6七銀と引きます。藤井叡王は銀取りに△8五桂と跳ね、伊藤七段が▲4六歩と打って銀を捕獲すると、銀桂交換してから角香両取りに△8五銀と打ちます。

角よりも香

伊藤七段が歩で4筋の銀を取ると、藤井叡王は取れる角を見向きもせず△9六銀と香の方を取ります。1分将棋に突入した伊藤七段は▲6四歩と叩いて金を吊り上げ▲5六桂と打ちますが、藤井叡王は手抜いて△8七歩成と飛び込んで角銀交換し、△9三香と"と金"を取って自玉を安全にしつつ王手します。

盤石の寄せ

伊藤七段は▲9八歩と埋めて受け、藤井叡王が先手の歩の裏から金取りに△8三香と打つと、金に紐を付けつつ馬に当てて▲7六銀と打ちます。藤井叡王は金香交換してから△9七歩と合わせ、香を犠牲に桂を跳ねさせ、△9六歩と桂頭を叩いて先手玉を追い詰めます。攻防共に見込みがなくなった伊藤七段は、秒読みの声を54秒まで聞いて潔く投了を告げました。

まとめ

本局は伊藤七段が穴熊を目指すと、藤井叡王は先手の穴熊が完成する前に6筋から仕掛け、端攻めを絡めて攻め掛かりました。伊藤七段は後手が自玉の玉頭から仕掛ける手順を軽視していたのか、「本意ではなかった」と言う自陣角を打って凌ぎ、辛抱を重ねて反撃の機会を探りました。藤井叡王は馬を作って好所に引き付け、後手の攻撃の足掛かりとなる"と金"を取って自玉の安全を確保してから一気に寄せ切る快勝となりました。
タイトル戦で初めてのカド番を凌いでタイスコアに戻した藤井叡王は、対局後「最終局に持ち込めたのは良かったですけれど、次も大事な一局になるのでしっかり状態を整えていければと思います」と引き締めた表情で語りました。伊藤七段は「本局はあまり熱戦にできず残念な内容で、次局も注目される舞台だと思うので、しっかりと良い内容の将棋が指せるよう全力を尽くしたいと思います」と話しており、決着局が大熱戦になることを期待したいと思います。

叡王戦は、株式会社不二家が主催し、レオス・キャピタルワークス株式会社が特別協賛、中部電力・株式会社豊田自動織機・豊田通商株式会社・AMD・アパリゾート佳水郷が協賛しています。棋譜等は下記サイトをご覧ください。


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