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「観る将」が観た第94期棋聖戦第四局

7月18日、第94期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第三局が、新潟市にある岩室温泉の「高志の宿こしのやど 高島屋」で行われました。防衛まであと1勝となった藤井聡太棋聖が一気に決着を付けるのか、佐々木大地七段が勝ってフルセットまで持ち越すのか、注目の一局となっています。

前日のインタビューでは、藤井棋聖は「シリーズも終盤になってきて一局一局重要になってくると感じているので、これまでより更に集中力を高めて臨めればと思っています」、佐々木七段は「王位戦の方で酷い序盤を指してしまったので、その辺り短期間ではありますけれど改善して、終盤勝負にできるよう精一杯頑張りたいと思います」と話しています。


浮き飛車対中段飛車

歴史を感じさせる対局室に、佐々木七段が淡い藤色の着物と青灰色の袴に濃紺の羽織で入室し、藤井棋聖が灰色に茶色の縞模様の着物と鶯茶の袴に青緑色の羽織で入室します。先手の佐々木七段が相掛かりに誘導し、飛先の歩を交換して浮き飛車に構えると、藤井棋聖は飛先の歩を交換して25分の考慮で中段飛車に構えます。

攻撃準備

佐々木七段が飛先の歩を合わせて再び歩を交換し、3筋の歩を突いて攻撃準備を進めますが、藤井棋聖もじっと7筋の歩を突きます。佐々木七段が次の33手目を30分程考えたところで昼休となりました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井棋聖が2時間32分、佐々木七段が2時間46分となっています。

佐々木七段の端桂

佐々木七段が昼休を挟む34分の熟考で3筋に桂を跳ねると、藤井棋聖は3筋の歩をぶつけて反発します。佐々木七段は飛車を引いて桂頭を守り、藤井棋聖が歩で角頭を守ると、4筋の金を上がって陣形を整えます。藤井棋聖が金を7筋に上がると、佐々木七段は▲9七桂と角道を通したまま飛車を追い、1筋の歩を突き捨て▲1三歩と垂らします。

端攻め

藤井棋聖が香で歩を取ると、佐々木七段は3筋の歩を取って歩切れを解消します。藤井棋聖は9筋の歩を突いて9筋の桂頭を狙いますが、佐々木七段は香取りに桂を2筋に跳ねます。藤井棋聖が28分考えて残り33分となり、角を交換してから9筋の歩をぶつけると、佐々木七段は8筋の歩を突いて桂の逃げ場所を作ります。AIの評価値は両者の間を揺れていましたが、藤井棋聖の63%と傾いてきました。

激しい攻め合い

藤井棋聖は9筋の歩を取り込み桂に当て、佐々木七段が8筋に桂をかわすと、更に桂取りに歩を打ちます。佐々木七段は残り1時間となり、▲1三桂不成と桂香交換してから香を走って桂に当てますが、藤井棋聖は手抜いて8筋の桂を取ります。佐々木七段が香で1筋の桂を取ると、藤井棋聖は9筋の歩を成って香交換します。

飛車捨て

藤井棋聖が8筋の歩を取り込むと、佐々木七段は8筋に歩を連打して飛車を吊り上げ、銀を上がって飛車に当てます。藤井棋聖は飛車取りに△2四香と打ち、佐々木七段が飛車を取ると、取れる飛車を取らずに△8七歩成と"と金"を作って金に当てます。AIの評価値は佐々木七段の65%と逆転模様です。

難解な勝ち筋

佐々木七段は意表を突かれたか「いやぁー」とつぶやき、14分考えて▲5五桂と打ちます。藤井棋聖は銀を上がってかわしますが、AIの評価値は佐々木七段の93%と大きく傾きます。ABEMA解説陣は銀が上がって空いたスペースに角を打ち込む順を検討していますが、AIは7筋の金頭に香を捨てて後手陣に隙を作ってから角を打つ手を推奨しています。解説の森内九段は「次の手、難しいじゃないですか」とつぶやいています。

評価値が乱高下する終盤戦

飛車を取られる前に後手陣を攻略したい佐々木七段は、深い前傾姿勢で懸命に何か良い手はないかと探り、残り21分まで考えて金取りに▲3四香と打ちます。後手陣の守りの金を攻める自然な手ですが、AIの評価値は藤井棋聖の83%と再び大きく振れます。

攻防の角

藤井棋聖が残り10分となり秒読みに追われて"と金"で金を取ると、佐々木七段は3筋で金香交換します。佐々木七段は更に19分考えて残り2分となり▲6三香と後手玉に詰めろを掛けますが、藤井棋聖は"と金"を寄って玉で取らせ、△9五角と王手しつつ自陣の詰めろを逃れる攻防の角を放ちます。佐々木七段は1分将棋に突入し、秒読みの声が続く中、深々と頭を下げて潔く投了を告げました。

まとめ

本局は後手の藤井棋聖が中段飛車に構え、佐々木七段は相手のお株を奪うような端桂で飛車を追い、1筋から攻め掛かりました。藤井棋聖は9筋から反発し、飛車を取らせながら自らは取れる飛車を取らずに"と金"を作る、多くのプロが驚愕する手順を「勝負手のつもり」で指して手番を渡しました。AI的には先手勝勢と評価されましたが、佐々木七段は人間的にはごく自然な手を指し、一転して後手勝勢となりました。一局を通して苦しいと感じていた藤井棋聖の勝負術が奏功し、後手玉に詰めろを掛け続けるのが難しくなった佐々木七段は、まだ先手玉がすぐに詰む状況ではありませんでしたが、美しい投了図を残して初めてのタイトル挑戦に終止符を打ちました。

本シリーズのまとめ

本シリーズは藤井棋聖が3勝1敗で防衛し、4連覇達成となりました。第二局で佐々木七段が華麗な返し技で一矢報いた際には、藤井棋聖も挑戦者の粘り強さを再認識したようでした。第三局やその後開幕した王位戦第一局と第二局では、藤井棋聖のいつになく慎重な受けの手が目立ち、相手の粘りを封じ込みました。決着局では藤井棋聖が苦しみながらも持ち前の勝負術で制しましたが、両対局者に印象的な手が多く見られた素晴らしいシリーズだったと思います。
藤井棋聖は、「防衛できたことは嬉しく思っていますが、内容的には年々厳しくなってきていると思うので、来期にはより実力を高めてシリーズを迎えられるようにできればと思います」と話しました。タイトル戦無敵の16期獲得となりながら、まだ実力を高めたいと話す若き王者は、翌日に21歳になるという年齢も踏まえ、この先どれだけ強くなるのかまったく計り知れません。
初めてのタイトル戦を藤井棋聖の厚い壁に阻まれた佐々木七段は、「初挑戦ということで、海外対局を含めて初めて経験することが多かったですが、非常に勉強になりましたし、大舞台で自分の将棋をある程度指せたかなと思います」と、シリーズを振り返りました。並行して戦っている王位戦七番勝負では、この経験も活かしての巻き返しに期待したいと思います。

本稿は「ヒューリック杯棋聖戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#kisei)
第94期ヒューリック杯棋聖戦第四局 主催:産経新聞社、日本将棋連盟

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