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「観る将」が観た第7期叡王戦五番勝負第三局

5月24日、千葉県柏市の柏の葉カンファレンスセンターで叡王戦第三局が行われました。ここまで2連勝の藤井聡太叡王が一気に防衛を果たすのか、挑戦者の出口若武六段が意地を見せて巻き返すのか、注目の一局となりました。前日の食事会で、藤井叡王は東大柏キャンパスで自動運転バスの乗車を体験したことを踏まえ「盤上においても新しい可能性を追求する姿勢を持って臨めればと思います」、出口六段は「今までの経験を踏まえて全力を尽くしていければと思っています」と話しています。


戦型はまたも相掛かり

挑戦者の出口六段が青緑色の着物に紺に縞の入った羽織で入室すると、しばらくして藤井叡王が薄紫の着物に白い羽織で入室します。対局開始となり、藤井叡王がいつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突くと、出口六段は深い前傾姿勢で目を閉じてから飛先の歩を突きます。藤井叡王が相掛かりに誘導し、出口六段が先に飛先の歩を交換します。藤井叡王も飛先の歩を交換し7筋の歩も取ると、出口六段は銀で先手の飛車を追い、先手が歩得、後手が手得を主張する展開となりました。

挑戦者を惑わす叡王の玉

出口六段が雁木に構え、桂で先手の飛車を引かせてから飛車を7筋に寄せると、藤井叡王は金を上げて歩を守ります。藤井叡王が数手前に6八から5八に移動した玉を再び▲6八玉と戻すと、出口六段は少し首を傾げてから△3一角と引きます。藤井叡王が銀を上がると、出口六段は長考に沈み、59分考えて△4一玉と寄ります。出口六段が更に26分考えて△6五銀と攻撃態勢を整えると、藤井叡王が29分考えたところで昼休となりました。AIの評価値は、藤井叡王の57%とわずかに傾いてきました。各4時間の持ち時間の内、残り時間は藤井叡王が2時間53分、出口六段が2時間8分と45分程の差が付いています。

挑戦者の突進と叡王の反撃

藤井叡王は昼休を挟む51分の長考で▲8六金と上がります。出口六段はすぐに角で金を食いちぎり、△7六銀と突撃します。藤井叡王が▲6六角とフワッと浮いて受けると、出口六段は△7七歩と追撃します。銀交換後に出口六段が角取りに△7六銀と打つと、藤井叡王は構わず飛車取りに▲6一角と打って反撃します。出口六段が47分の熟考で角銀交換してから飛車を浮いて逃げると、藤井叡王は61分の長考で後手の飛車を引き付け手順に銀を守りに打ちます。出口六段がやむなく一段目に逃げて飛角交換に応じると、藤井叡王は金取りに▲6一銀不成と取ります。残り時間は両者ともに1時間あまりとなりました。

高度な技の応酬

出口六段が銀取りに△6二金と寄ると、藤井叡王は▲6五桂と跳ね銀を取られた時に王手金取りに飛び込む手を用意します。AIの評価値は出口六段の56%とわずかに逆転模様ですが、意表を突かれたのか出口六段は残り少ない時間の中から36分を割いて桂取りに△9二角と打ちます。藤井叡王は桂が動くと後手の角が自陣を直射するので歩で角の利きを遮断しますが、出口六段は玉を上がって桂による王手金取りを未然に防ぎます。両者の高度な技の応酬で非常に難解な終盤戦となり、AIの評価値もほぼ互角の範囲で揺れています。

挑戦者が1分将棋に

藤井叡王は22分の熟考で▲7三歩成と飛び込むと、出口六段は金で銀を取ります。藤井叡王が再び歩で後手の角道を遮断すると、出口六段はもう1枚の角を銀取りに△6五角と打ちます。藤井叡王は更に15分考えて銀を引きますが、残り時間は10分を切りました。出口六段はすぐに△7七歩と銀頭を叩きますが、藤井叡王は強く▲7七同玉と取ります。出口六段は残っていた18分を一気に使い切り、1分将棋の秒読みの中△7六歩と王手で打ちます。藤井叡王が玉を引くと、△4七角成と銀を食いちぎり△3八銀と飛金両取りに打ちます。どちらが勝つのかわからない大熱戦は、形勢互角のまま終盤戦に突入します。

叡王も1分将棋に

藤井叡王が▲2一飛と打ち込むと、出口六段は△3一金打と手厚く守ります。藤井叡王はいったん香を取って竜を作り、1分将棋に突入してから59秒まで読まれてかなり慌てた手つきで▲6五香と打ちます。出口六段が△4七銀成と金を取ると、藤井叡王は▲7五角と王手で打ちます。AIの評価値は両者の間を大きく揺れ動いていますが、ここまで来るとAIの評価値など関係ありません。2人の人間が頭脳をフル回転させ相手を倒す道を探っています。

ついに激闘に幕

出口六段が△4三玉と王手をかわすと、藤井叡王は▲3一角成と金と刺し違えます。出口六段は△4二銀と打って竜を追ってから△8八角と打って詰めろを掛けます。この瞬間後手玉には詰みが生じていたようで、藤井叡王は▲3五桂打と王手を掛けます。出口六段は数手指し続けましたが▲4三金打の王手を見ると、無念そうに投了を告げ大きくため息をつきました。

第三局を終えて

本局は序盤に藤井叡王が、解説陣も口を揃えて「わかりません」と言う玉の不思議な動きを見せ、出口六段は持ち時間を大きく削られる展開となりました。攻めて来いと胸を出す大横綱に新鋭が思い切りよくぶつかっていくように、出口六段の鋭い攻めと巧妙な受けに、藤井叡王も一時は負けを覚悟した局面もありました。攻守が目まぐるしく入れ替わる中で、お互いに決め手を与えないまま最終盤にもつれ込みましたが、最後に1分将棋の中で生じた詰みを見逃さなかったのは藤井叡王でした。
この結果、藤井叡王は3勝0敗で叡王防衛を果たしました。まだ歴史の浅い叡王戦ですが、前期までは毎期保持者が替わっており、防衛を果たしたのは藤井叡王が初めてとなります。また、藤井叡王は前期叡王戦の第五局以降タイトル戦の連勝を13に伸ばし、歴代2位の羽生善治九段と並びました。五冠を維持した藤井叡王は、来月から棋聖戦と王位戦の防衛戦が始まります。これからも、数多くの名局を生み出してくれることを期待したいと思います。

激闘の余韻

終局直後のインタビューで、藤井叡王は淡々と「けっこう中盤で長考した場面が多かったんですが、それでもなかなか判断がつかないこともあったので、そのあたりは課題を感じました」と話しました。激闘を制した興奮が冷めやらぬ中、いつものことながら冷静に更なる高みを目指す言葉には凄みを感じます。
出口六段は「今日の将棋を負けてしまったというのはすごい悔しい」「もう一回鍛え直して上にあがっていければと思います」と話しました。出口六段が近い将来にまた挑戦権を手にし、タイトル戦の舞台に登場することを楽しみにしたいと思います。
大盤解説会場に移動しての挨拶では、顔に手を当てて溢れる涙を隠した出口六段に藤井叡王以上の盛大な拍手が贈られました。恐らく映像を観ていた全国の将棋ファンも、同じ想いで手を叩いていたことと思います。タイトル戦の大舞台で感動の名局を紡ぎ出した両雄に、私も心の底から感謝したいと思います。

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