「観る将」が観た第62期王位戦第五局
8月24-25日、お~いお茶杯第62期王位戦七番勝負の第五局が、徳島市の「渭水苑」で行われました。藤井聡太王位と挑戦者の豊島将之竜王は8月22日に叡王戦第四局を戦い、休みなく翌日に徳島へ移動して検分を行い本局を迎えています。ここまで藤井王位が3勝1敗と防衛に王手を掛けていますが、完敗した叡王戦第四局から気持ちを切り替えて臨めるかが気になります。カド番の豊島竜王は後手番ですが、どのように自分の研究領域に誘導する工夫を見せるか注目されます。
対局前日の会見で、藤井王位は「全力を尽くして徳島のファンに楽しんでいただける熱戦にしたいと思います」「内容的には押されている将棋が多いので、スコア的には先行していますが修正していきたい」、豊島竜王は「カド番ですけれど、普段通り自然体で指していければと思います」「熱戦を期待している方が多いと思うのでそれに応えられるようにしたい」と話しています。両者が口を揃えた「熱戦」に期待が高まります。
豊島竜王が薄黄色の着物に夏らしい萌葱色の羽織で入室し、続いて藤井王位が白の着物に爽やかな薄い藤色の羽織で入室しました。立会の深浦九段が対局開始を告げると、藤井王位はいつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突きます。豊島竜王も飛先の歩を突き、一昨日と同様に相掛かりの将棋になりました。
豊島竜王が先に飛先の歩を交換し、藤井王位は飛先の歩を交換した後、7筋の歩を取ります。豊島竜王が飛車を二段目に引き、藤井王位は▲8七歩の一手と思われるところ少考で▲7六歩と角道を開けます。豊島竜王は序盤には珍しく手を止めて、16分の考慮で△6四銀と先手の飛車を追ってから△8六歩と垂らします。藤井王位は想定の範囲なのかあまり時間を使わずに指し続けていましたが、豊島竜王の40手目△5二金を見ると長考に沈み、深くうなだれたりハンカチで目を押さえたりしながらそのまま昼休に入りました。AIの評価値は全くの互角、残り時間は藤井王位が5時間52分、豊島竜王が7時間6分と1時間以上の差が付きました。
藤井王位は昼休を挟み121分の大長考で、▲7四歩と伸ばし8五の歩を飛車の横利きで守ります。難解な駒組みが続き、両者長考の応酬で間合いを測る指し手が続きます。29分、60分、113分、23分と、考慮時間を見るだけで両者の本局に賭ける思いが感じられます。40手目が指された10時30分頃から昼休を含め7時間30分でわずかに5手進んだだけで封じ手の時刻となり、豊島竜王が46手目を封じました。AIの評価値は全くの互角、残り時間は藤井王位が4時間27分、豊島竜王が4時間4分となっています。
封じ手は、△3三桂と飛車取りに跳ねる手でした。藤井王位は飛車を一段目に引き、豊島竜王は懸案だった8筋の歩を飛車で払います。豊島竜王が41分の熟考で角取りに△7五銀と前進して角交換を促すと、藤井王位も手を止めて44分の熟考で▲9七桂と飛車取りに跳ねます。この手が好手だったようで、AIの評価値は藤井王位の78%と一気に傾きます。ここで大駒を取り合うと後手陣はすぐに寄せられてしまう形なので、豊島竜王は70分考えて飛車を引き銀損を甘受します。豊島竜王が角取りに飛車を寄り、藤井王位が歩で支えたところで昼休となりました。残り時間は藤井王位が3時間8分、豊島竜王が2時間1分と、珍しく藤井王位が1時間以上多く残しています。
昼休明け、豊島竜王は9筋に跳ねた先手の桂を狙って駒損の回復を目指します。藤井王位は▲8五銀と飛車香両取りに打ち、更なる駒得を図ります。豊島竜王はやむを得ず飛車を切って角を入手し、△5四角と打って先手の8-9筋に綾を求めます。藤井王位は▲8二飛と敵陣に打ち込んでから、丁寧に後手からの反撃の芽を摘みます。77手目に藤井王位が9筋にできた後手の"と金"を香で取ると、10分程考えていた豊島竜王は静かにマスクを付け替えます。逆転の糸口を探り苦心の指し手を続けてきた豊島竜王でしたが、藤井王位の着実な受けの前に万策尽き、そのまま次の手を指すことなく深々と頭を下げ投了を告げました。
本局は藤井王位が趣向を見せ、少なくとも相手ペースの序盤戦となることを回避しました。長考の応酬となる難解な駒組みが続く中、豊島竜王が見せた一瞬の隙を逃さず▲9七桂と跳ねた手が強烈なカウンターとなり、結果的にこの一撃で勝負は決してしまったようです。この手は自玉の近くで激しい戦いを起こしかねない手で、無難に角交換する手も充分考えられるところだったようですが、藤井王位がいつも通り恐れずに踏み込んだことが奏功したように思います。ここで豊島竜王が飛車を引いた手は、直前に自分が指した手が失敗だったことを認めるような手で、解説陣が驚きの声を上げた鬼辛抱の手でした。豊島竜王としては、つまらない意地を張って負けを早めるのではなく、少しでも逆転の可能性がある手を選ぶ執念だったのだろうと感じます。藤井王位は、恐らく過去に何度も勝勢から逆転された将棋を思い出しながら、慎重に時間を使い着実にリードを拡げて勝ち切りました。第三者的には藤井王位が1時間52分残しての快勝にも見えましたが、本人が対局後に語った通り最後まで難しい激闘だったのだろうと思います。
この結果、本シリーズは藤井王位が4勝1敗で防衛を果たし、タイトル戦は負けなしの4期獲得となりました。この先、最終局となる叡王戦第五局、竜王戦挑決三番勝負、王将戦挑戦者決定リーグ、棋王戦本戦トーナメント、B級1組順位戦など、重要な対局が続きます。過密日程が続きますが、万全の体調で乗り越えていって欲しいと願っています。
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