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クロウ・キッズ! 第2話

第二話 石神のおばあちゃん


 おばあちゃんは玄関の引き戸を開けて、僕に中へ入るよう促した。玄関の向こうは薄暗く、今まで感じたことのない空間だった。

「どうして家の中に外があるの」

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、家の中に外か。これはなぁ、土間っていうんや」

僕は玄関を閉めようとしたが、建て付けが悪いのか、古すぎるのか、引き戸が重くて閉められない。

「なんや男やのに、力があれへんなぁ」

とおばあちゃんがやってきて

「よっ」

と声を出しながら引き戸を引くと、すっと閉まった。玄関の右手には仏間があり、そのとなりに居間がある。土間を挟んで反対側には台所、その奥に風呂がある。薄暗い家の中の土かべと柱とのすきまが、一本の線のように光っている。そこからすきま風が吹いてきて、とても寒く感じた。

「どうしたんや、リョウ」

「何かいるような気がする」

おばあちゃんは土間の上を見て

「んーん…なんもおらんよ。コタツのところに上り」

寒かった僕は、沓脱石(くつぬぎいし)の上で靴を脱いで居間に上がった。四畳半ぐらいの部屋だ。コタツの上には、みかんが置いてある。僕は立ったまま部屋を、キョロキョロと見ていた。おばあちゃんがお茶を持ってきてくれて

「そんなとこで突っ立っとらんと、コタツに入り」

おばあちゃんはコタツ布団を少しもち上げて、足を中に入れる。それを見て僕も真似をした。

「こうやって入るんだ」

「コタツ知らんのか、ぬくいやろ」

「うん」

なんだか優しい温かさで、ほっとした。おばあちゃんは急須で湯飲みに、お茶を入れてくれた。

「おっ、茶柱が立ったな」

「茶柱」

「これは縁起がええわ」

「なんで、茶柱が立つと縁起がいいの」

「柱がないと家は倒れるやろ、家のなか見てみい、柱のおかげで雨風がしのげとる」

確かに、あっちにもこっちにも柱が立っている。

「神様みたいなもんや。昔から茶柱がたつと、えーことがあるて言うたんや」

「おばあちゃん、いろんなこと知っているね」

「お前よりは、長く生きてるからなあ」

と言って少し笑った。

「お父さんはどんな子どもだった?」

そう聞くと、おばあちゃんは黙ったまま湯のみのお茶をじーっと見ていた。何かを考えているようだ。しばらくすると、おばあちゃんは僕の顔を見て

「よう似とるなぁー、お父さんの小さい頃に」

「ほんとに」

「あゝそっくりや」

ちょっとうれしかった。なんだか急に眠くなってきた。こたつが暖かくて、そのまま寝てしまった。

翌朝、目が覚めると一瞬ここはどこかと思った。

「そうか、おばあちゃんの家」

大和のおばあちゃんのところにやってきたことを思い出した。それにしても、ぐっすり眠れた。お父さんが死んだ日から熟睡したことがなかった。東京では一晩中、落ち着かない大量のエネルギーが溢れている。ここは風の音、静かな空気に包まれていた。  

「さあ、片付けするで」

おばあちゃんに促されて僕は、お父さんの荷物がしまってある部屋へと歩いた。土間を奥へとさらに進むと、右側に蔵のような建物がある。入り口の扉を開けるといろいろなものが山積みにされていた。椅子、テーブル、靴、、かばん、食器、鍋、何が詰め込まれているのか分からないダンボール、ギター、ピアノ。

「これ全部、処分してしまうからな」

「全部捨てるの」

「そうや、おばあちゃんもこの家出て行って、センターに入るんや」

センターとは、高齢人間安全保護センターのことをいう。栄養バランスの整った食事、適度の運動、最新医療サポートが受けられる施設。すべての介護はアンドロイドが行う。高齢者の最後の楽園と呼ばれてはいるが、AIガバメントの完全支配下で本当の事はわからない。

「…レオもここには戻ってこうへんしな」

おばあちゃんの声が、少し小さくなった気がした。

「さぁ、お前の好きなもん持って帰り」

おばあちゃんに聞いてみた。     

「お父さんが死んで寂しい」

おばあちゃんは少し黙って

「寂しいもなにも、おばあちゃんはもともと一人や。そんなんどうでもええから、早よ片付け」

積み上げられた箱を開けてみると、お父さんが着ていた服やジーンズ、ベルト、古い時計、カメラ、ヌンチャク、ボクシングのグローブ、ブリキのおもちゃ、アンティークみたいなものばかりが詰まっていた。

「レオは古い変なモンばっかり、集めとって。おばあちゃんには、ゴミにしか見えんけどなぁ」

「これは」

「さぁ、それは何や、レコードとか言う音楽が流れるやつちゃうか」

100枚以上のレコードと壊れたレコードプレーヤーが出てきた。

「修理すればば音が出るかなあ」

とりあえずレコードプレーヤーと気に入った写真のレコードを選んだ。

「このメガネの人は誰」       

「知らんなぁ」           

ボロボロになった同じポスターが壁にも貼られている。

”ジョン· レノン「イマジン」”

その写真がとても気になった。 

山積みの段ボール箱を開けるたびに、少しカビ臭い匂いがした。

「本?」

紙の本は珍しい。

「この本、全部もらっていい」

「リョウも本が好きか」

「うん。本を読むと、いろんな世界に行ったような気分になれるから」

「そうか、全部持っていき」

「やったー」

それにしても、お父さんはこれだけの大量の本を、どこで手に入れてきたんだろうか。

「あれ」

本にシールが貼ってある。

“空中図書館”

「おばあちゃん、空中図書館って知ってる」

おばあちゃんは急に怖い顔をして

「そんなもん知らんな!」

「どうでもええから、早よ片付け!」

「…」

嫌な空気が流れた。

「リョウ、間違うてもな空中図書館に行ったらアカン!」

僕はかたまって、おばあちゃんをみていた。

「みんなが不幸になる、わかったな!」

そう言って母屋に怒って帰っていった。

よく見ると、ほとんどの空中図書館のシールが貼られている。

「どこにあるのだろう」

おばあちゃんの言葉に反して、僕はどんどん空中図書館が気になってきた。ダメだと言われれば言われるほど、知りたくなってくる。ときどき、大人は子どもに噓をつくなと言うけど、大人は平気で嘘をつく。おばあちゃんの場合はわかりやすいけど。

うつむくと、百科事典に手書きの地図のメモが挟まれていた。

「 KJ? どうゆう意味なんだ」

僕はメモを、ズボンのポケットに突っ込んだ。


翌日、お墓参りの帰り道、川原で少年が石を投げていた。

“ポーン、ポーン、ポーン、ポンポンポンポンポン”

僕が立ち止まって見ていると

「どうした、リョウ」

「石が飛んでる」

僕が少年のほうを指すと、おばあちゃんが目を細めて

「石きりか。リョウも遊んでくるか?」

「うん」

僕は川原に下りて、少年の真似をして石を投げた。 

“ドボン” 何回やっても上手くいかない。

「ヘタやな」

僕はムキになって投げるが “ドボン”  “ドボン”

「そんな石投げてても一生無理や」

「…」

「これ投げてみ」

少年はニコニコしながら、石を渡してくれた。

「ええか、こんな平べったい石を選んで横から、こう投げんねん」

僕は言われたとうり横から投げた。

“ポーン、ポーン、ポンポンポン”

「できた!」

「オレ、ケビン。お前は」

「リョウ」

「リョウはどこから来たん?」

「東京から」

「へー、めっちゃ都会やん。車が飛んでるんやろ」

ケビンは天真爛漫というか、バリアみたいなものを一切感じない。

「そうや、ええとこ連れてったるわ」

そう言って、土手から上がって川沿いを歩き出した。会ったばかりのケビンついて行って良いのか迷っていた。

「早よ来いよ、行くで」

「あっ待ってよ」

僕は慌てて、土手を駆け上がった。


ケビンは歩くのがとても速い。僕はついて行くだけで精一杯だ。しばらく歩くと小さな橋を渡って、そこから細い山道を登る。岩肌には、高級な絨毯(じゅうたん)のような深い緑の苔(こけ)が敷き詰められていた。足元を見ると、地面からも水が湧き出ている。

「着いたで」

顔をあげると、巨大な岩の壁から勢いよく水が落ちている。

「わーすごい」

「どうや、ここがオレの秘密のポイントや」

ケビンは右の人差し指で鼻の下をこすって自慢げにそう言った。
僕は口開けて、滝を見上げていた。

「白龍滝(はくりゅうだき)って言うんや」

「へえー」

「滝の水見てみい、龍が天に昇っていくみたいやろ」

確かに、水が生き物のように見える。風をおこし、空を舞ってるようだ。

「本当だ」

滝の手前までいくと、ミストのような水しぶきが、僕の全身をつつみ込んだ。

”ザアーーー”

水の音しか聴こえない。ケビンは目を閉じて、両手を広げていた。僕もマネをして、両手を広げてみた。とても気持ちがいい。自然とひとつになって、時間が止まり、体が消えたような感じになった。。

「どうや、飛べたか」

「飛ぶって」

「オレは空、飛んでんねん。そんな感じするやろ」

「うん、体が軽くなった」

「この滝は願いごと、ひとつだけ叶えてくれんねん」

「へえー」

「リョウも何か、ひとつだけお願いしたら」

「うーん…そうだ!」

ポケットに突っ込んだメモ書きのことを思い出した。僕は目を閉じて、
『空中図書館に連れて行ってください』とお願いした。すると、何かがスーッと降りてきたような気がした。とても不思議な感覚だった。

「あっ白い何かが」

「どこ?龍ちゃうか」

目の前の滝を白い生き物が、虹をくぐり抜けて天に昇って行くように見えた。

「オレも龍が見えたときに、願いが叶ったからな」

しばらく二人で滝を見つめていた。悪いものが全て洗い流されたみたいだ。

「ほな、そろそろ行こか、寒なってきたし」

ケビンは川沿いを歩きながら聞いてきた。

「ところで、リョウは何をお願いしたん?」

「空中図書館に行きたいって、お願いした」

「なんや、オレ知ってんで」

「えっ」

ケビンが、空中図書館を知っているとは思いもしなかった。

#マンガ原作 #小説

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