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子育てへの「恩返し」

 「お母さん、結婚することになったから」

土曜日の午後、出かける支度でバタバタしているときに息子からの電話は鳴った。

それからはや2か月余り、「もやっ」としたこの気持ちが何なのかを突き止めようと、いろいろ思いを巡らせてきた。そして、この感情が初めてではないことを思い出した。

【フェイズ1】息子の20歳の誕生日

今から10年前、息子が20歳を迎えた時は「これで、私はいつ死んでもいいのだ!」という妙な解放感に浸った。こうして書くと自分でも笑ってしまうのだが、当時は大いに真剣そのものだった。

もし、私がこの瞬間に交通事故で死んでしまったとしても、この先何とか息子一人で生きていけるだろうという、20年間一人親として背負ってきた荷物が軽くなった感じがしたものだ。同時に、大事な役目から少し解き放たれたような安堵感や嬉しさもあった。ただし、学生生活の仕送りや学費の支払いは、この先もまだまだ続くのだが……。

【フェイズ2】就職内定

息子から就職が決まったと聞いた瞬間、ホッとしたことをよく覚えている。脱力感でその場に崩れ落ちそうになった。

しかし実際に息子が就職してみると、子育て後の親が陥りやすい「空の巣症候群」に私もかかり、そして思いがけず重症化した。親としてまったくやることがなくなってしまったのが発症の原因だと思う。まるで、会社員が定年を迎えて肩書きがなくなり、この先どうしたらいいか路頭に迷うような心持ちになった。

考えれば20代初めに親となった私は、子育てが青春そのもので、良いことも悪いことも同じ年代の人が普通に経験するようなことを知らずに過ごしてきた。

そのころ40歳を過ぎていい歳になっていたが、いたって真面目に「自分探しをしています」と人に言って不思議がられたり、笑われたりした。3年ぐらいもの間「自分って何だろう」と悶々としたが、結局のところ母親以外の「自分」は見つからなかった。

そもそも「自分」というのは、はじめからなかったのだと気づき、一から「自分づくり」をするようになってようやく日々の生活が楽しくなった。

【フェイズ3】息子の結婚

「お母さん、結婚することになったから」と息子からの報告を電話口で聞いて、「おめでとう」の次に、つい私の口から出てしまったのは「お母さんは、これでいつ死んでも安心……」だった。

あとになっても、おめでたい報告のあとに「死」を口にするとは何て不謹慎極まりないと反省するが、それが一人親として今までやってきた自分の本音だったのだろうと愛おしく考えるようにしている。

以前編集した『これだけは知っておきたい双極性障害 躁・うつに早めに気づき再発を防ぐ!』という本で、病気を受け入れる心の持ちようとして、次のような文章を掲載した。

「これからこの病気とどう付き合っていけばいいのだろう」という「なぜ?」より、「これからどうするか」を優先する考え方ができれば、この病気をコントロールできるようになります。

 難治性の疾患と息子の結婚を同一視するのは甚だ間違っているのは十分承知だが、大げさにいってしまえば、自分のまだまだ長い人生「これからどうするか?」を真剣に考えるタイミングにきたことは間違いない。

【フェイズ4】子育てへの「恩返し」

フェイズ2の「自分づくり」を模索する過程で、この不出来な私が何とか子育てできたのは、社会のおかげであると本当に実感した。息子が小さいころは残業も多く、学校での様子を知るのにママ友には随分と助けられた。学校の先生方やご近所の人たち、そして私の両親がいなければ、私一人でどうやって子育てをしただろうと、想像するだけで恐ろしい。

子育てに終わりがあるのかはわからないが、息子のほかに、不出来な私をこうして親として育ててくれた社会に少しずつでも「恩返し」をしていくのが、最終章「フェイズ4」のテーマだと感じている。
といっても、社会貢献などの大それたことが自分に出来るわけでもなく、まずは半径5メートルぐらいの身近な人に優しくなれたらいいなと思う。それだけでもかなり難しい。

そして何より編集者の自分に出来る一番の「恩返し」は、読み終わった時に「いい本」だったと思ってもらえるような本をつくることである。 

(編集部:倉橋)

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