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介護事業の「実地指導」が「運営指導」になって1年、対策のポイントは?

介護施設・事業所が適切に運営されているかを行政が確認し、指導や助言を行なう制度である「運営指導」。もし運営基準違反などが発覚すれば、指定の効力停止や指定取消しといった重い処分もありえます。

2022年(令和4年)からはこれまでの実地指導が運営指導に変わり、大きな変更点の1つとしてオンライン会議システムの利用が可能になりました。しかし、利便性が高くなる一方で、施設側のICT化や関係書類の電子データ化が不可欠となり、すぐにオンライン指導を活用できる施設はまだ少ないと見られています。

また、2020年以降にはコロナ禍特例措置が設けられたこともあって、法令解釈とその対応も複雑化しています。運営指導の確認内容に照らし合わせながらどのように対策するかは、施設にとって非常に重要な課題です。

こうした運営指導の具体的な内容や、その対策方法についてちゃんと知っておきたい方におすすめの書籍が、『これならわかる〈スッキリ図解〉運営指導 介護事業』(翔泳社)です。

本書では介護事業の経営支援やセミナーを手掛けてこられた小濱道博さんが、これまで培ってきた知見を分かりやすく解説。介護施設・事業所が運営指導について知りたいことが網羅されています。

今回は本書から、「介護保険施設等指導指針」のポイントを紹介します。運営指導の目的や形態、内容を知ることがまずは大切ですので、ぜひチェックしていただければと思います。

◆著者について
小濱 道博(こはま・みちひろ)

小濱介護経営事務所代表。全国で介護事業の経営支援、コンプライアンス支援を手がける。介護経営セミナーの講師実績は、北海道から沖縄まで全国で年間250件以上。個別相談、個別指導も全国で実施。全国の介護保険課、介護関連の各協会、社会福祉協議会、介護労働安定センター等主催の講演会での講師実績も多数。C-MAS介護事業経営研究会 最高顧問、C-SR一般社団医療法人介護経営研究会 専務理事なども兼ねる。主な著書に『コロナ時代の介護事業戦略』(共著)『まったく新しい介護保険外サービスのススメ』『これならわかる〈スッキリ図解〉介護BCP(業務継続計画)』(以上、翔泳社)など。

はじめに 職員が相互に定期的に点検し合う体制を作りましょう

運営指導は日頃からの準備が大切

2022年4月より、従来の実地指導が運営指導となり、新たにオンライン会議システムによる指導が正式に解禁されました。運営指導への対策は、日常において職員の疑問をなくすことが基本です。そうすることで、指導当日も自信を持った受け答えが可能となります。自信を持って返答できれば、痛くもない腹を探られることもなく、それ以上の確認作業がなくなります。

介護保険の行政は記録主義

改めて実感するのは、介護保険制度は記録主義で、記録があって初めて認められる世界であるということです。運営指導で何か問題が起こったときに、守ってくれるのは記録だけです。

サービス提供記録、支援経過記録、ケアカンファレンス記録、機能訓練記録、夜勤業務記録など、介護サービスの運営ではいろいろな「記録」を作成する必要があります。介護サービスは「計画」によって実施され、「記録」によって確認・報告されるシステムだからです。「記録」がないと、「サービス提供の事実が確認できない」として認められません。

記録は、日頃から漏れなく記載する癖を付ける必要があります。5W1Hを基本に簡潔に記載しましょう。すなわち、Who(誰が)、When(いつ)、Where(どこで)、What(何を)、Why(なぜ)、How(どのように)を念頭に文章をまとめる能力が問われます。運営指導において、記録関連の指摘をされる事項の多くが、「表現が曖昧」「具体的でない」といった文章表現の問題です。

指導と監査は大きく異なる

行政指導は、介護事業者の任意の協力によってのみ実現されるもので強制力はありません。指導では立入権が認められていないので、任意となりますが、事業者側に運営基準違反や介護報酬の不正請求等が認められる場合は、監査により事実関係を明確にした上で指定取消等の行政処分(不利益処分)が行われます。監査の場合は立入権があり、捜査の扱いです。ただし、行政指導に従わなかったことのみを理由に行政処分を行うことはできません。

運営指導では、情報を集めるための権限のみが認められていて、立入検査などの強制力はありませんが、監査の場合には立入検査などの強制力が認められています。

介護報酬の請求指導においても、それが単なる手続きの誤りなどの場合は、過誤申請による自主返還の形が取られます。しかし、監査の結果、不正請求と判断された場合は、徴収金として返還が強制され、40%の過料が上乗せされることになります。

内部監査システムの構築を

2022年3月に、すべての介護サービスの標準確認項目と標準確認文書、自己点検シート、算定要件シートが公開されました。少なくとも介護保険施設等指導指針に定める確認項目および確認文書の範囲については、介護事業者自身で、職員と共有して定期的に点検すべきものです。そのため、運営指導にあたっては、事前に「各種加算等自己点検シート」「各種加算・減算適用要件等一覧」の提出を求められます。事業所としては、提供されているこれらのツールを用いて、職員が相互に定期的に点検し合う、内部監査システムを構築することが課題になります。

事業規模の拡大に気を取られて、基本的なコンプライアンス対策が後手に回っているケースも多く見かけます。早期に内部監査システムを構築し、運営指導を前提とした定期的なチェック体制を構築することが重要です。本書が、その一助になれば幸いです。

実地指導から運営指導へ

名称が変わっても「標準確認項目」と「標準確認文書」に基づき実施されます。

オンライン会議システムでの指導が可能に

2022年4月に、介護保険施設等指導指針の改正が行われ、従来の実地指導から「運営指導」の名称に変更されました。コロナ禍においては、地域で感染者数が増加すると実地指導が延期または中止となっていました。その中で、感染者数が落ち着いた時点で、2時間程度の指導を行い、1日に2件以上の実地指導を実施するパターンが一般化してきました。

今回の改正では、オンライン会議システム等を活用することが可能である旨が通知に明記され、ZOOMなどを活用した運営指導を行うことが具体化しました。オンライン指導であれば対面ではないため、感染拡大期でも指導の実施が可能となります。しかし、施設側のICT化、電子データ化の進捗と関連するため、当初は対象となる施設、事業所は限定的でしょう。

関係書類をPDFなどの電子データで保管していることを前提に、事業者側が行政側(指導担当者)に対してオンラインシステム上で書類を共有してPCのディスプレイを通した指導が可能になります。その実現のためには、介護記録ソフトなどによるICT化の普及も課題となってくるでしょう。

2019年発出の運用指針をベースに変更

今回の運営指導への変更は、2019年に発出された「介護保険施設等に対する実地指導の標準化・効率化等の運用指針」が重要なターニングポイントとなっています。運用指針のポイントは、通知の中で示された別紙「標準確認項目」および「標準確認文書」に基づいて実施されることでした。訪問介護、通所介護、介護老人福祉施設、居宅介護支援事業所、認知症対応型共同生活介護、介護老人保健施設、訪問看護の7種類のサービスを対象としていましたが、今回の改正ではすべての介護サービスを対象とした「標準確認項目」および「標準確認文書」が発出されています。

この指針とは別に、介護報酬に関する確認作業は、従来通りに行われます。そのため、加算などについては、算定要件をしっかりとチェックして遵守する必要があります。

コロナ禍特例措置にも注意が必要

また、2020年度以降は、コロナ禍特例措置などもあり、法令解釈の複雑さがさらに増しています。コロナ禍特例措置を使っている場合は、その根拠となる記録が特に重要となるため、再度チェックしておくことをお勧めします。特例はあくまでも特例であって、本来の基準ではありません。しかし、特別措置の長期化によって慢性化し、都合のよい解釈や拡大解釈を行っているケースが散見されます。実施しなくてもよいのではなく、やむを得ない場合にのみ特例が認められるということを再認識すべきです。

介護保険施設等指導指針のポイントその①

今後の運営指導はこの指針を踏まえて実施されます。

2022年3月に発出された指導指針

介護保険法に基づく介護保険施設および事業者に対する指導監督は、「介護保険施設等の指導監督について」(平成18年10月23日老発第1023001号通知)を参考に、各自治体において実施されています。社会保障審議会介護保険部会(介護分野の文書に係る負担軽減に関する専門委員会)での審議を踏まえて、運営指導における標準化と効率化を促進するために、2022年3月31日付で新たに「介護保険施設等指導指針」が発出されました。今後は、この指針を踏まえて運営指導が実施されます。

指導の目的と方針について

指導とは、介護保険施設等を対象に、定められた人員基準、設備基準、運営基準や介護報酬の請求における算定要件等を周知徹底させるものです。

指導指針では、市町村が介護事業の許認可を受けた事業者を対象に、保険給付や介護報酬に関する資料の提示を求めて確認し、それに対する質問や照会を行うこととしています。また、介護報酬請求に関する提供記録や帳簿書類などの提示を求めて質問を行います。指針にはこれらの基本的事項が定められ、介護給付等対象サービスに関するサービスの質の確保と保険給付の適正化を行うことを目的としています。

指導の形態

指導の方法には、集団指導と運営指導があります。集団指導は、年に数回実施される、いわば自治体からの集合研修および説明会です。原則として2か月前までに介護施設等に文書で通知するとされています。

集団指導に参加しなかった介護保険施設等に対しては、使用した資料の送付等によって確実に資料の閲覧が行われるよう情報提供し、オンラインでの動画配信等による実施も可能となっています。なお、通常、集団指導の参加事業者は管理されていて、参加実績が少ない場合は、実地での運営指導が行われることも多いので、出席するよう努めましょう。

一方、運営指導は、介護施設等ごとに、サービスの質、運営体制、介護報酬請求の実施状況等を原則実地で確認するもので、実施にあたっては質問や個別相談等の機会を設けるなどの工夫が求められています。情報セキュリティの確保を前提として、オンライン会議システム等を活用した運営指導も行えるようになりました。ただし、自治体がオンライン指導を進めるために介護保険施設などに対して記録の電子データ化を強く指導するなど、事業者側に過度な負担を強いないよう十分に配慮することが求められています。

介護保険施設等指導指針のポイントその②

指導は原則、6年間で少なくとも1回以上実施されます。

運営指導の形態

運営指導は原則、指導対象の介護保険施設等に訪問して実地で行われます。このとき、都道府県知事または市町村長が単独で行うものを「一般指導」、厚生労働大臣および都道府県知事もしくは市町村長、または都道府県知事および市町村長が合同で行うものを「合同指導」といいます。

①介護サービスの実施状況指導(現地に出向いて、指導担当者が目視で介護視察を行う指導)
②最低基準等運営体制指導(人員基準、設備基準、運営基準等に関する指導)
③報酬請求指導(介護報酬請求における算定要件や流れに関する指導)

指導はこの3つの観点で実施され、効率化のためにそれぞれ分割して実施してよいとされています。これは、今回の指針改正で、訪問しての実地での指導とともに、オンライン会議システムを使った指導も可能となったことによる措置です。②と③についてはオンラインでの実施が可能ですが、①については現地に出向いて行う必要があります。そのため、オンラインでの指導を実施した場合、必ず①を実地で行うこと(後日でかまわない)を求めています。

①を行った段階で運営指導は終了とするとされましたが、実際には②と③の実施で介護報酬の返還指導や運営基準違反などの指導は可能であり、①を実施せずに終了となる場合もあります。

運営指導の実施頻度

運営指導は、原則、指定の有効期間である6年間で少なくとも1回以上行うとされています。なお、居住系サービス(グループホームや特定施設)と施設サービス(老健や特養)については、3年に1回以上の頻度で行うことが望ましいとされました。これは、施設サービスなどの施設数が少なく、これまでも2~3年に一度の指導が一般的であったことによる措置です。

自治体は、運営指導の対象となる介護保険施設等を決定したときは、原則として1か月前までに文書によって通知するとされています。これは、運営指導を受ける事業所の勤務シフトに可能な限り影響が出ないように配慮した措置です。ただし、指導対象となる事業所において高齢者虐待が疑われる等の理由がある場合、事前通知では適正にサービスの提供状況を確認できないため、指導開始時に文書で通知するとされています。いわゆる抜き打ち指導(無予告指導)です。

運営指導の確認内容

運営指導は、標準確認項目と標準確認文書に基づいて行われます。これらは、自治体が運営指導において参考とする確認事項のチェックリストで、確認のために提示を求める書類等を記したものです。確認項目以外の項目は、特段の事情がない限り確認を行わず、確認文書以外の文書は原則求めないものとするとされています。

介護保険施設等指導指針のポイントその③

短時間でポイントを絞った指導が行われます。

指導の所要時間と同一所在地の実施方法

運営指導は、標準確認項目と確認文書によってチェックポイントを絞り込むことで所要時間をできる限り短縮し、実質2時間程度の半日指導を中心とします。これにより、介護保険施設等と自治体双方の負担を軽減するとともに、1日2件以上の運営指導を実施するなどの頻度向上を図るとされました。

さらに、複数の介護サービスを同一所在地に併設しているような場合には、できるだけ同日または連続した日程で行うなどして効率化を図るとされました。たとえば、訪問介護と通所介護を併設している場合、同日の午前と午後とで2つのサービスの運営指導を実施するといったことが増えています。同様に、老人福祉法と介護保険法に関連する法律に基づく監査との合同実施も行われます。

準備書類と記録などの確認

運営指導において準備する文書は、原則、前年度から直近の1年分程度とし、事前または当日に提出を求める資料および書類のコピーなどは各1部です。新規指定、更新、変更時に自治体に提出されているものについては、再提出を求めないとされました。

また、書面に代えて電磁的記録によって管理されている場合はディスプレイ上で内容を確認し、印刷した書類等の準備や提出も求めないとされました。個人ファイル等を確認する場合は、特に必要と判断する場合を除いて、原則として3名以内とします。居宅介護支援事業所については、原則、介護支援専門員1人あたり1~2名の利用者を確認するとされています。

指導結果の通知等

指導結果は、後日文書によって通知されます。人員、施設および設備または運営について改善を要すると認められる事項がある場合、介護報酬請求について不正には当たらない軽微な誤りが認められ過誤申請を要すると認められる場合などが、指導事項に該当します。指導内容についての改善状況の経過報告を要する場合は、改善結果報告書の提出を文書で通知されます。改善された事項については、文書により報告します。

指導にあたっての留意点

運営指導にあたり、指導担当者は高圧的な言動は控えて、改善指導や、よりよいケア等を促す助言等については、介護保険施設等との共通認識が得られるよう留意します。運営指導は基準等に基づき行うもので、担当者の主観による指導や、同じ事業者に対する前回の指導内容と根拠なく大きく異なる指導は行いません。

運営指導における個々の指導にあたっては、具体的な状況や理由を聴取し、根拠、規定やその趣旨・目的等について懇切丁寧な説明を行うことなどが規定されています。


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