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はじめに――対談から生まれた独自の分析と予測|佐藤優×山口二郎『自民党の変質』

 自民党総裁選を目前に控えた2024年9月、佐藤優×山口二郎『自民党の変質』が発売となる。
本書で佐藤優氏、山口二郎氏は、自民党はもはや保守政党とは呼べないほど変質し、所属議員は劣化したと指摘する。この先、自民党は解党に向かうのか、だとすれば、その息の根を止める政党はあるのか。あるいは、過去何度も窮地に陥りながらも復活したように、危機を乗り切るのか。
最新の国際政治の潮流も踏まえ、自民党、さらにこの国の未来を読み解く一冊。

 はじめに――対談から生まれた独自の分析と予測

 

 現下日本の混沌とした政治状況を分析し、未来を予測するうえで、本書は独自の位置を占めることになると思う。

 共著者の山口二郎氏(法政大学法学部教授)は、現代日本政治研究(加えて現代英国政治研究)の第一人者だ。学術活動にとどまらず、山口氏は政治の現場におけるプレイヤーでもある。特に、民主党政権(二〇〇九~二〇一二年)が成立する過程において、その理論と実践に重要な役割を果たしたのが山口氏だ。

 さらに二〇一七年に立憲民主党が創設された際にも、山口氏が無視できない影響と役割(特に、立憲をスローガンに掲げる政党が緊急避難的に必要であるとする理論の構築)を果たした。政治的実践にかかわる学者は山口氏だけではない。しかし、山口氏は過去のみずからの政治的活動を反省し、それをテキストにするという誠実さを併せ持っている。こういう知識人はきわめて稀だ。

 本書を手にされた読者に、山口氏の『民主主義へのオデッセイ──私の同時代政治史』(岩波書店)を読むことを勧める。過去三〇年の日本政治に関する記録と分析についての優れた作品だ。同時にこの本は、ローマ帝国時代の司教アウグスティヌスの『告白』を想起させる、信仰告白的自叙伝でもある。おそらく、山口氏の内面には超越的な「何か」がある。超越的な視座から、山口氏は、現実の政治とみずからの学術的・政治的作業を相対化することができる。これが、私が山口氏に惹かれる理由のひとつだ。

 山口氏と私の現実政治に対する姿勢はかなり異なる。山口氏が民主党政権の成立のために尽力したことからも明らかなように、旧態依然とした自民党政権が続くことは日本国民にとって好ましくないと考え、政権交代を目標としている。また一時期は日本共産党を含む野党共闘による政権交代が適切と考え、市民連合を結成し、その調整役を担ったこともある。

 対して私は、政権交代に関して、あまり関心がない。自民党政権であれ、民主党政権であれ、時の政権については与件と見なし、そのなかで、日本国家と日本国民にとって最適の方策を考えるというアプローチを採る。国会議員の友人や知りあいも多いが、私の関心は立法府よりも行政府、特にその中心である首相官邸に向けられている。私が元外交官で情報(インテリジェンス)業務に従事していたことにも関係するが、この国が生き残るためには、権力中枢にある国家安全保障局と内閣情報調査室の役割が決定的に重要と考えているからだ。

 この二つの機関の長には、常に日本の「ベスト・アンド・ブライテスト(最良の、もっとも聡明な人)」が就く。現在の秋葉剛男国家安全保障局長、原和也内閣情報官はまさにそのような人物だ。米国、英国、中国、ロシア、インテリジェンスに関してはそれにイスラエルを加えても、日本の国家安全保障とインテリジェンスの水準はまったく遜色がない。優秀で士気が高い官邸官僚たちが職業的良心に従って日本国家と日本国民のために働くことができるような環境を整えることが、かつてわが国の外交とインテリジェンスに従事した経験を持つ作家としての私の仕事と考えている。

私は他の有識者と比べ、内政上の混乱を恐れる傾向がある。それは、私が外交官時代にソ連崩壊と、その後のロシア政治の混乱を経験したことと関係している。その傾向は、ロシア・ウクライナ戦争、ガザ紛争という現実に直面して、いっそう強まった。

 また、私が外務省では傍流のインテリジェンス業務に従事することが長かったこととも関係しているが、情報官僚特有の日本共産党観がある。この共産党観は警備公安警察や公安調査庁の情報官僚にも共通している。私の個人的経験からしても、二〇〇二年の鈴木宗男疑惑の際に秘密指定が解除されていない外交公電(外務省が公務で用いる電報。この情報漏洩は刑事責任を追及するに値する)、さらに私が保管していたとする鈴木氏とロシア要人の記録(しかも改竄されている)なる怪文書も用いて、日本共産党が鈴木氏を攻撃した。このことからも明らかなように、あの革命政党は、目的のためならばいかなる手段でも用いる。そういう政党は絶対に権力に近寄らせてはいけないと私は考えている。

 このように政治的スタンスに大きな違いがあるにもかかわらず、私と山口氏は誠実に対話をすることができる。それには対話の技法がある。具体的には、事実、認識、評価を区別して議論することだ。事実については、二人の間で正確を期して、認識や評価が異なるのはなぜかについて議論する。この方法はとても生産的だ。

 政治を分析するうえで難しいのはどのようなスパンを取るかだ。短期(一年以内)であると、自民党の裏金事件と派閥解消、総裁選挙、あるいは東京都知事選挙における「石丸(伸二)現象」などがテーマになる。これらの情報を大量に持っているのは、新聞・雑誌・テレビの記者、あるいは永田町(政界)のロビイストだ。しかし、そのような情報をいくら積み重ねても、政治を動かす内在的論理をつかむことはできない。政局ウォッチのような「ミクロの決死隊」的なアプローチから一定の距離を置くことが、政治分析にとっては不可欠だ。長期的(一〇年以上)視点からすると、現下の情勢は、グローバリゼーションと新自由主義に歯止めがかかり、国家機能が強化され、新・帝国主義に向かう転換点ということだ。私と山口氏は、短期と長期の間の中期(二~一〇年)を念頭に置きながら、この対談を行なった。

 本書を上梓するにあたっては祥伝社の飯島英雄氏、ライターの岡部康彦氏に大変にお世話になりました。どうもありがとうございます。

 

  二〇二四年七月一九日、曙橋(東京都新宿区)の書庫にて      

                      佐藤優