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【さきよみ】菊池良『えほん思考』より「はじめに」全文掲載!

絵本にはすべてがある──ベストセラー『もしそば』の菊池良さんが案内する、大人のための絵本の世界。古今東西の名作絵本から、暮らしを豊かに、ビジネスを楽しくする26の思考術・発想法を紹介する『えほん思考』が8月5日に発売されます。刊行を記念して、同書の「はじめに」の全文を掲載します!

はじめに

この本はとても奇妙な本です。絵本からイノベーションを学ぶことがその主題です。

思考法やアイデア術を紹介した本はさまざまありますが、多くは事例の要素を分解し、そこから導き出せるものを分析します。たいていは複雑な要素が絡まり合い、その「核」は見えづらいです。しかし、この本は「核」そのものから学ぶという趣向になっています。そして、その題材として絵本を取り上げます。なぜ絵本なのか? 実は私たちは思考法のすべてを幼いころに学んでいるのです。そう、絵本というものを通して。

絵本にはすべてがあります。

絵本とは、イラストを中心にした書籍のことをさします。形やサイズはさまざまで、手のひらサイズのものから、両手を使わないと開けないほど大きなものもあります。ページ数は少なめのものが多く、16ページや32ページが中心となっています。絵と短めの言葉でストーリーが進行していき、なにかしらの示唆や楽しみを提供してくれます。しかしながら、このような説明をしなくても、「絵本」と言われたらだれもがぱっとイメージできるほど親しみのあるメディアかと思われます。

絵本の歴史は19世紀からはじまります。1823年、ジョージ・クルックシャンクが『グリム童話』に挿絵を描いたことがその先駆けでした。クルックシャンクはイギリスの風刺画家・挿絵画家で、チャールズ・ディケンズの『オリバー・ツイスト』にも挿絵を描いています。その後、技術の発展によってさまざまな国で挿絵入りの物語が出版されるようになり、それに伴って年齢層の低い読者を獲得していきました。とりわけランドルフ・コールデコットは絵と文章が互いに補完し合う手法を生み出し、「現代絵本の父」とも呼ばれています。20世紀に入り、大衆文化が花開くと、絵本も急速な勢いで普及していきました。「ピーターラビット」でおなじみのビアトリクス・ポターや、『ぞうのババール』のジャン・ド・ブリュノフなど、20世紀前半に優れた絵本作家がたくさん現れます。20世紀後半以降は、さらに表現が多様化し、画風やコンセプトもさまざまなものがあり、仕掛け絵本や布絵本なども登場して、絵本売り場は百花繚乱となっています。

絵本はたしかに子ども向けです。しかし、だからこそ絵本には万人に伝わるパワーがあります。だれでも読めるようにしなければなりません。そのため、子どもにも伝わるように表現は削ぎ落とされていきます。ページ数が限られているため、ストーリーもシンプルなものにしなければなりません。それゆえ、発想の「核」となるものがむき出しになっているのです。

絵本は突然はじまって、突然終わります。物語のセオリーである起承転結がありません。さらには、そのなかで起きていることも動物がしゃべったり、物理法則に反したできごとがあったりと、通常では起こり得ないことばかりが起こります。また、ふしぎなことが起こっているのに、読者は自然とそれを受け入れているところも大きな特徴です。

そして、それが商品として成り立っている点も、大きなポイントです。商業メディアにおいて、これほど自由なジャンルはほかに類がありません。

通常の物語ですと、発想の「核」に対してさまざまな設定が付け加えられ、起承転結となるよう展開が増やされ、そのための伏線や時流に沿ったアイデアなどが追加されていきます。しかし、さきほど述べたように絵本では対象年齢やページ数といった制約から、そのようなことができません。

絵本はとても「ラディカル」な表現メディアなのです。「ラディカル」とは「根源的」ということ。絵本は表現の根源的な部分がむき出しになっています。奇跡のようなジャンルなのです。

本書はそんな絵本から発想の「核」を学び、それをビジネスや日常生活といった場面で活用しようというテーマの本です。このような本がほかにあるかできるかぎり調べましたが、類書は見つかりませんでした。おそらくは前代未聞の試みとなるでしょう。

本書では、発想の「核」となる部分を項目化しました。全部で26項目あります。そして、その核を用いた絵本を紹介しています。さらに、ビジネスや革新的なできごとでの実例も併記しました。これによって、絵本の発想が実社会でどう用いられているかがわかるようになっています。また、実用へのブリッジとしてワークショップ形式での設問もあります。自分ならどう答えるか、頭のエクササイズとしてご活用ください。

それでは、ラディカルな絵本の世界へようこそ。

カバー・本文イラストは芦野公平さん、装丁は小川純さん(オガワデザイン)

菊池良『えほん思考』(晶文社)は、2024年8月5日発売! 詳しい情報は晶文社ウェブサイトへ☟

アマゾンでも予約可能です☟

著者 菊池良(きくち・りょう)
1987年、東京都出身。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一と共著、宝島社)、『タイム・スリップ芥川賞』(ダイヤモンド社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)など。脚本、マンガ原作、作詞などの分野でも活動中。

書誌情報
書名 『えほん思考』
著者 菊池良
四六判並製 218頁
定価 1,870円(本体1,700円)
978-4-7949-7429-7 C0010〔2024年8月5日発売予定〕

目次
はじめに

01 失敗する──『どうぶつにふくをきせてはいけません』
02 別の使い道を考える──『これなんなん?』
03 アンラーニングする──『ひとまねこざる』
04 実現困難なことを考える──『夢にめざめる世界』
05 機能をあえて削ぎ落とす──『んぐまーま』
06 反対を考える──『……の反対は?』
07 常識の外に出る──『ゴムあたまポンたろう

コラム 絵本とイノベーション① ジャポニズムとカラー印刷

08 急に方向転換する──『ザガズー じんせいってびっくりつづき』
09 既成概念をあえて裏切る──『穴の本』
10 キャラクター化する──『どうぶつしんぶん』
11 見せる範囲を変える──『そのまたまえには』
12 インタラクティブにする──『ぜったいにおしちゃダメ?』
13 視点のスケールを変える──『ZOOM ズーム』

コラム 絵本とイノベーション② ポップアップ絵本

14 ひとつの場所に集める──『100かいだてのいえ』
15 ゲーム化する──『ウォーリーをさがせ!』
16 あり得ないほど延長する──『あしにょきにょき』
17 アイデアをたくさん持つ──『りんごかもしれない』
18 大胆な仮説を立てる──『わにのなみだはうそなきなみだ』
19 身近な疑問を検証する──『わゴムはどのくらいのびるかしら?』
20 全年齢向けにする──『100万回生きたねこ』

コラム 絵本とイノベーション③ キャラクタービジネスの誕生

21 シェアする──『かしてあげたいな』
22 協力して助けあう──『ぐりとぐら』
23 ロールプレイさせる──『ピッツァぼうや』
24 創発する──『どうぶつ会議』
25 長期的に判断する──『よかったね ネッドくん』
26 欲求を肯定する──『はらぺこあおむし』

おわりに