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アジアン・インディー・ミュージックシーン 〜vol.1「香港」 with tfvsjs and GDJYB〜

この記事は、2016年5月16日にウェブメディア・”Qetic”での連載向けに書いたものだったが、今回の香港編は特に、2020年現在の情勢を音楽という見地から理解する意味で、少しは役に立ったり、興味を持てる内容になっていると思う。時系列に合わせた加筆修正のみ加えて、掲載しようと思う。

1.イントロダクション

「GDJYB」「tfvsjs」。一見全く意味をなさないアルファベットの羅列は、どうやら香港のインディーバンドの名前らしい。確かに、インディー臭漂ってるわ〜って感じだ。こういった少し斜に構えたひねくれネーム、香港では流行ってるんでしょうか?

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GDJYB


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tfvsjs


2012年ごろより、tricotという、現在も日本を拠点に活動する四人組バンドのスタッフをやることになった。過去、自分はレコード会社に勤務していた際、日本のアーティストを海外で展開していくような仕事をしており、tricotもその音楽性から海外展開の可能性をヒシヒシと感じていた。欧米はもちろん、当時、自分の目はアジアにも向いていたので、積極的に海外展開を行っていった。

冒頭の香港の2バンドについては、tricotのアジアツアー香港編で2014年に「tfvsjs」、2015年に「GDJYB」と一緒に対バンをした。それをきっかけに聴いた彼らの音楽が、まあ、かっこよくて。正直、当時はとても意外だったのだ。香港にもこんな音楽があるんだ、と。どちらかといえば、tricotという日本のかっこいいバンドを見せつけに行くためにアジアツアーを組んだ訳だったので、思ってもなかった世界の広がりを与えてくれた。香港のみならず、tricotでの初めてのアジアツアーではどこの国でも同様、各国独自の異国情緒を孕んだ、良質な音楽が両頬に往復ビンタをくらわせてきて、大きく目を見開かされ、未開の刺激に胸躍った色濃い記憶が残っている。

こういった、アジアの「おもしろい、かっこいいミュージックシーン」について、アジア各国のローカルピーポーに聞いてみようということで始まったのがこの連載。第一回目となる今回は「tfvsjs」と「GDJYB」の声を介して、彼らが生まれた香港のインディーミュージックシーンを見ていきたいと思う。

2.狭いミュージックシーンと狭い土地による
バカ高い家賃問題

最初に、彼らのいる香港のミュージックシーンってどんなものかをざっくり聞いてみた。tfvsjsはギタリストのAdonがインタビューに答えてくれた。

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Adon (Gt) from tfvsjs

「香港のミュージックシーンはかなり限られていて、同じ規模の人口がいる他の大都市と比べると多様性が少ないかもしれない。これは音楽以外のことにも言えることで、香港はホモジーニアス(一様な、均一的な)な都市なんだよ」

対して、GDJYBに聞くと、こう話す。

「香港のインディーミュージックシーンは狭い世界で、ライブでのオーディエンスはよく知った顔ばかりになってるわ」

香港という都市には、札幌市と同じ広さの面積に700万人が住む。それ故必然的に、シーンの規模感が日本とは比べものにならないのは理解できる。自分自身もこれまで、いくつかの日本のバンドと香港へライブをしに何度か行っていた際に、関係者のみならずお客さんの中にも、毎度会うような人たちが少なくない。ただ、シーンが狭いからこそ、そのコミュニティの雰囲気は親密で、ロイヤリティが高く、フレンドリーな印象を受けた。

また、その人口密度みっちみちの香港で最も大きな問題と言っていいのが、不動産、家賃問題だ。

tfvsjs「地価、不動産がアホみたいに高いからライブハウスも少ない。香港ではライブをやる機会が少ないから、アジアの他の国でもライブをやるようにしてるね。あとは何度も何度もリハーサル・スタジオを転々としていて、2013年の秋なんかは、tfvsjsのドラマー2人がやってたドラムショップ兼リハスタを、1ヶ月後に撤去しろ、と突然通知が来てマジで絶望した」
GDJYB「香港のアーティストは音楽だけでは生計を立てられない。フルタイムの仕事を別で持つか、フリーランスとしていくつも仕事をこなしながら、アホみたいに高いスタジオの賃貸料を払いながら、やってるの」


3.DIYと音楽的根源

そんな環境でグッド・ミュージックを鳴らし続けるこの2バンドは、どうやって活動を続けているのかを聞いてみた。

tfvsjs「リハスタを転々として終いには撤去させられてしまうような経験から、レコーディングや練習もできるスタジオも持つ、レストランを作ることにしたんだ。経済的にもサステイナブルだしね。それが今やっている「談風:vs:再說 (tfvsjs.syut)」というレストランで、tfvsjsが生まれた場所でもある”Ngau Tau Kok”という工業地帯の、Dai Yip Streetにあるんだ。ここは、家賃も比較的安くて、たくさんのミュージシャンや、アーティスト、デザイナーや職人が集まっているよ。同じ理由で今最もアクティブなライブハウス「Hidden Agenda」もここにある」

(※その後、tfvsjs.syutもHidden Adendaも、この場所から撤去させられていて、形を変えて存在している)

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談風:vs:再說 (tfvsjs.syut)

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GDJYB「時間とお金が常に付きまとう大きな問題。バンド自体が忙しくなってきているから、ボーカルSoftとドラマーHeiheiは、広告代理店のフルタイムの仕事をやめて、デザインなどの仕事をフリーでやりながら、バンドに費やす時間を作ることにした。ギターのSoniやベースのYYは楽器の先生をやったりしてる。そうやってなるべくバンドや音楽に時間を使える環境を作って、アーティスト活動を続けていこうとやっていってるわ」

彼らと接していて感じるのは、DIY精神。音楽でメシを食ってるわけじゃないから、そりゃそうなんだけど、tfvsjsのAdonはプロのデザイナーだし、GDJYBのSoftもHeiheiもデザインができて、みんな自身の作品のデザインワークは自分たちでやる。Music Videoのディレクションもそう。tfvsjsのレストラン「談風:vs:再說」はベースのSeanが料理長で、予約をしないと入れないぐらい今や人気店となっている。ちなみにイタリアンを基調とした創作料理で、驚くほどうまい。音楽でメシを食ってないし、この都市ではそもそも音楽でメシを食うという価値観自体が存在しない。だから音楽を始めるということは、最初から限りなく純粋な自己表現なわけだ。tfvsjsの音楽について、Adonはこう話す。

「tfvsjsの音楽は、自分たちの感情や考えを密接に反映していて、感情的だし、政治的だし、時にリサイクル分別箱のデザインがダサいことに対する怒りだったりもする。音楽はできる限り制限されず、自由でいることが重要で、多くの妥協で成り立っている生活の中で、音楽だけは自己表現の最後の楽園みたいなもんだと思う。世界を変えるために音楽を創ったりはしていないけど、自分でもまだ理解しきれていない「自分自身」を変え、探し求めるために音楽を創っている気がする」

じゃあ、彼らの音楽や表現はどのようなモノに影響を受けて生まれたのだろう。昨今MONO、Envy、toe、LITEみたいな日本のインデペンデントなアーティストがアジア各国を頻繁に周っていてシーンを切り拓いていったこともあり、彼らを含めた日本のアーティストの影響が大きいのでは、と想像をしていた。だってもう、香港のみならずアジア各国のインディーロック系ライブに行けば、まあどこに行ってもtoeのTシャツをめかしこんだオーディエンスを必ず目にする。だが、どうやらそれらが大きな影響を与えているという想像は、日本人にありがちな、アジアにおける日本至上主義のとんだ勘違いだった。

tfvsjs「音楽以外では、香港自体がインスピレーションとなってるよ。香港は決してラブリーな街ではないし、悪くなっていってるのが分かる、めちゃくちゃな状況なんだ。そんな中で生活している人々も破滅的になってきているし、2014年の「雨傘革命」は、香港の歴史上でも最も大きな運動だった。けれど、ちっとも政治的には何も変わらないんだ。だから政治に期待するのは間違いなんだって気付かされたし、希望は本当の人間関係やコミュニティにしかないんだって思った」
GDJYB「私たちの音楽は、よく社会的な解釈が強く入っていると言われる。実際はそんなにいろんな社会問題に強く言及するつもりはないんだけど、香港ではあまりにひどい問題が起こり続けるから、私たちの生活に影響を与えるし、それを避けることはできないのよね。中にはもっと個人的で、人間関係や愛、アイデンティティについての歌もあるのよ」


4.香港市民を揺るがす雨傘革命

香港ではここ何年か、学生を中心にした非常に大きな運動がいくつも起きている。音楽の話から多少お堅い話になっちゃうけれど、切っても切り離せない、超重要問題なのでちょいとお耳を拝借。香港は1997年にイギリスから中国に返還された。ただ中国は香港に対し、中国の社会制度とは異なった自治を50年間認めるという、「一国二制度」という形をとることになる。しかし、時が経つにつれ、その認められたはずである一国二制度が香港の人たちにとって、侵害されていくと感じるような出来事が多々起こるようになった。tfvsjsが言及した2014年の「雨傘革命」もその一つで、これは香港の行政長官を決める選挙に関して、自由な立候補が阻まれる選挙制度を中国政府が定めたことで、香港の学生を中心に大規模な民主化要求運動が起こったものだ。

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「雨傘革命」2014年9月〜11月、Photo by Viola Kam (V'z Twinkle)

音楽がビジネスとは無関係のところにあって、自分自身の内側からのみ生まれる純粋な表現であればあるほど、生活を取り巻くこのような状況はダイレクトに表現への影響を及ぼす。そもそも音楽とビジネスが多かれ少なかれ、強く結びついた価値観の中にいる日本人のアーティストとは、音楽との関係性が大きく異なることを知った。

もともと彼らの音楽を聴き始めた当初は、こんなこと知りもしなかったし考えもしなかったが、内部からふつふつと湧き上がる怒りとも言える原動力が、彼らの音楽をユニークに仕立て上げていることを後から知ることとなった。現代の香港製レベル・ミュージック。

音楽を聴く上ではこんなことは知らなくってもいい。それは、音楽だから。ただただ耳を傾け、そのリズムとメロディーに身を委ねればいい。けど、こういう背景を知った上で聴いてみるのもひとつだと思う。一粒で二度美味しくなることもあるはずだ。

最後に、「tfvsjs」と「GDJYB」の名前の由来について。ちなみに読み方はひねくれてなくて、そのまま素直にアルファベット読みします。

tfvsjs「"頹廢vs精神"(Tui Fei vs Jing Shen)という広東語のアクロニム(頭字語)で、意味は「デカタント(退廃的)vs 精神」という、自分が高校の時に創った、あまり意味を為さないフレーズからきてるんだ」
GDJYB「GDJYBは、香港の伝統料理である雞蛋蒸肉餅(Gai Dan Jane Yuk Bang)のアクロニム(頭字語)です。雞蛋蒸肉餅は、ミートローフと卵を蒸した料理で、ボーカルのSoftのママが好きで。普通は卵に塩を入れるんだけど、SoftのママはいつもSoftに、塩を入れないほうが健康にいいからそのまま使いなさいって言ってたの。それが私たちのバンドのスタイルにそのままマッチしたから、バンド名にしたのよ。つまり、香港の伝統的なモノなんだけど、ちょっとスペシャルな要素があるってところ。私たちの音楽は香港の社会的な問題や、街のフィーリングを歌ってるけど、ちょっとおかしくて、変わった方法で表現してる。それを表してるバンド名だと思ってます」

両バンドとも本当に偶然、広東語から生まれたアクロニム(頭字語)でした。この由来にもやっぱり香港というアイデンティティが込められているんですね。てか、DAI語じゃないですか。

次回は、香港のインディーミュージックシーンに大きな貢献をしている、イベンター兼レコードレーベル兼レコードショップ「White Noise Records」のオーナーとのインタビューを交えてお届けします。その後、他のアジアの国へと移っていくのでお楽しみに。

両バンドの1stアルバムが、ダブルディスクでリリースされた日本盤CDはこちらからぜひ。

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