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一番春だった日

陽光の電車
朝の透き通ったままの空気がまだ残ってる
読みたい本を二冊持ってきている

昼のバイト先の上司から電話がかかってくる

もしかして、
あ、
そうだった
今日シフト入ってたんだー
完全に明日だと思ってた
予定にも明日行くようにマークしてる
ああ
やってしまったな
絶対そういうことないようにしたかったのに
初めてしてしまった

でも、
まあ、
いいか
短絡的にそう思うわけじゃなく、ここに所属してからの数年間、他の皆さんとの関係、仕事の進捗、たぶん、大丈夫だろう

今日は父と過ごす予定で、実家に向かっている

鯉釣りに行こうと誘ってくれたので、軽トラに荷物を用意して、父の好きなポイントに向かった
三月もちょうど半分
釣りに行くとは思ってなかったからジャケット着てるけど
まあいいか

河原に着いて、竿を用意しながら、
「橋のちょっと向こうに柳が生えてるやろ。あの淡い緑がいいんや。」

みどり
と緑の色を表すなら、
み、の一画目みたいな色やった

向こう岸に岩が迫り出している
その手前に釣り糸を放り込みたい
竿を振るのは久しぶりやったけど、思い切り目に投げたら、思いのほか飛んで、ちょっとポイントをオーバーした

「うまいこと飛んだな笑、投げる時の後ろ姿が中々よかったから、これは飛ぶんちゃうかと思ったんや」

ちょっと嬉しかった。

昼下がりまでの二時間ちょいくらい
風はずっと穏やかで、父が病院に電話してる声と、鳥とたまに走る車の音と、柳の色がこの時間のほとんどやった

俺は石を積みながら、釣り糸に反応がないか待っている
すっかり夢中になった
石を積んでると古代の時間と繋がる気がする

電話を終えた父が、
「おかしいなぁ、この前の診断では確かに○○の症状があるって言われたんやけど、今聞いたら、それに該当する数値が見当たらないんやと。なんか最近こういうことあるわ」

「それ、パラれる、って言うんやで。俺が勝手に名前つけて動詞でその現象を呼んでるんやけど。(実は今日俺もパラれてん。)」

1メートルを超える鯉を父は狙っている

「春と遊んでもらってくるわ」

俺とのLINEでそう言って、一週間前にも別のポイントに出かけて行ってた

昔、94センチのを釣り上げたことを覚えている

家に水深3~4メートルくらいの鯉の池まで作っていて、そこにその鯉を含め結構な数が泳いでいた
俺も小さい頃鯉と一緒に泳いだことがある
こっそり餌も食べてみたけどおいしくなかった

今日からまた、一緒に、
たまにこうして釣りにも行けるやろうと思っていたけど
これが最後になった

神様のいたずらのようなことはあると思っている
もしかしたら全部そう言えるかもしれないけど
それが届けられる状態というものがあって
ちょっと心当たりがある

駅まで送ってもらう時
河川敷に不思議な木があったから聞いてみたら
「あれはヤドリギや」
ふうーん
色々よう知ってるな

劇的だなぁ
またこの一日を歌にしたい

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