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個人追跡広告を見直す機運に流されないための ニュース記事の読み方

事業会社も広告屋さんもリアクションしている日経新聞のコチラの記事。

このように始まります。

ネット閲覧履歴などに基づき個人ごとに広告を出すターゲティング(追跡型)広告の見直しが日本でも広がり始めた。サッポロビールやアスクルは予算を大きく減らす。個人データを使わない広告の採用企業も増えている。個人情報の乱用につながるとの批判が高まり、データの入手が難しくなるためだ。プライバシー保護が技術開発を促し、ネットビジネスを大きく変えつつある。

この記事の読後感が「今すぐウチの個人追跡広告を見直したほうが良いのか?」と企業のマーケティング担当者に思わせる内容でした。この記事を見て社内から見解を問われたり、クライアントさんから意見を求められているので、私の考えをここにまとめます。

読後感が気になった理由はこうです。

「コスト構造改革」
「メディアプランの見直し」
「マーケティング活動」

こういった企業のマーケティング活動を「個人追跡広告」との対比で説明しようとしているので、違和感があるのです。読み手が受けるインパクトを増すために、恣意的に取り上げているようにも見て取れます。

そもそも、個人追跡広告とは何なのか?

本記事で当たり前のように使われている「個人追跡広告」ですが、広告業界的には普段使われない組み合わせの言葉です。途中で言い換えられている「追跡型広告」はチラホラ使われている言葉でした。

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記事内でそれらは3rd party cookieを活用して、個人をターゲティングする手法を指しています。代表的な手法に、ウェブサイト来訪者をターゲティング対象とするリターゲティングがあります。

サッポロビールのコスト構造改革

記事内で具体例としてサッポロビールが取り上げられています。

状況は急変している。酒類事業の広告宣伝・販促費に年約190億円を使うサッポロビールは「個人追跡型には今後、頼れなくなる」として予算を約7割減らし、ネット広告全体に占める追跡型の比率を3割から1割以下にした。

広告宣伝・販促費を7割減らしたのは「個人追跡型には今後、頼れなくなる」と理由が説明されていることに違和感があります。190億円の7割って133億円です。個人追跡型に頼れなくなるから133億円を減らすとは考えづらいです。私の読み間違いなのかな?と疑いましたが、そう読んで良い記述だと判断しました。

決算説明会資料にヒントがあるかもと見に行ったところ、サッポロビールはコロナで外食関連事業を不調なことをキッカケに「コスト構造改革」を推進しているようです。

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サッポロホールディングス株式会社 2021年度第1四半期決算説明会資料

具体的には1Qで不採算店舗13店閉店と書いてあるのみで、広告費については触れられていませんが、広告宣伝・販促費を133億円減らしたのは「個人追跡型には今後、頼れなくなる」というよりは、コスト構造改革の一環なのかもしれないと思いました。

アスクルによるメディアプランの見直し

アスクルについても触れていました。

アスクルはネット通販「ロハコ」で追跡型広告の予算を直近3年で10分の1に減らした。

追跡型広告の予算を直近3年で10分の1に減らした。とあります。直近3年ということですから、この1年で深刻度が増した3rd Party Cookie規制がキッカケではなさそうです。

私はこう思います。単純にリターゲティングやネット広告の費用対効果が良くないからメディアプランを見直しただけでは?と。

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ロハコは日用品を扱っており、商品単価や客単価は決して高くないはず。送料無料のラインは3,300円で置かれているので、恐らく客単価の中央値はこのあたりではないかと推測します。

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仮にリターゲティングで1クリック150円、コンバージョン率が5%でも、CPAは3,000円になってしまいます。これは個人追跡型広告とかクッキーの規制以前に、費用対効果が見合いませんよね。

もし費用対効果が見合っていたら、Chromeが3rd party cookieを規制する2023年後半までは代替案の模索も含めて粘ると思うんですよ。成果が出ているのに「今後、頼れなくなるから予算を10分の1にしました」というのは、数字に責任を持つ人間なら「ちょっと待ちなさい」となるはずです。

新規会員を増やす目的でCPA度外視とする場合はあれども、追跡型広告の10分の1になったのは「成果が良くないから予算を減らした」「別のところに予算を割り当てた」という至って普通の意思決定なのではないかと思いました。

企業のマーケティング活動

「企業は新たな手法を模索」という題名で以下の図表が示されています。

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これらは上から「コンテンツ拡充(SEO対策込み)」「自社のファン作り」「オンオフ統合施策」「物件紹介のデジタル化」などのマーケティング施策です。広告の規制云々に関係なく、やるに越したことがない施策です。

住友不動産について詳しく触れていました。

他社の媒体に広告を出すだけではなく、既存顧客の深掘りや引き留めを強化する動きもある。住友不動産は追跡型広告を減らし、今春から社員が作る動画でマンションの物件紹介を始めた。動画投稿サイトに公式チャンネルを設け、建築現場や環境などを解説する。

「追跡型広告を減らし」と、本施策が広告の規制に基づく対応であるかのように見える事に違和感があります。チャンネル登録者が600人台のチャンネルが出来たので、物件が売れる可能性があるリードを獲得するための広告を減らすのだろうかと。リードを得ることと、具体的に物件を紹介するではクロージングのフェーズも異なると思いました。

動画をやるキッカケは「コロナの環境を踏まえて」だったのではないかと想像します。そのうえで「社員が作る動画でマンションの物件紹介」で一定の再生数や反響の手応えがあったから予算がついた、という話なのかもと思いました。

広告費なんて究極的にはゼロ円が理想な訳ですから、こういった施策にエネルギーを割くのは良いことですが、これを見て「追跡型広告を減らして、そういう施策をやったほうがいいのか!?」と、そのまま捉えないように注意したいです。

不動産というのは賃貸でも売買でも日用品とは値段の桁が異なります。売れるキッカケを追跡型広告が作れることには変わりない訳ですから、いかに上手く使うかは引き続き検討され続けるはずです。

コンテキスト広告はリターゲティングの代替なのか

私はこう答えます。いいえ、必ずしも代替手法ではありませんと。

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コンテキスト広告として代表されるgumgumはリッチなクリエイティブを記事に出す、ブランディングに適した広告です。掲載イメージはコチラ。

gumgumのターゲティング手法は優れていますし、ゴールドマン・サックスから7,500万ドル調達している勢いのあるプロダクトです。私の友人はココに転職してノリノリです。

しかし、多くの企業が恩恵を受けているリターゲティングの費用対効果を代替するものではありません。3rd Party Cookie規制でリターゲティングの代替としてよく名前が挙がり、文脈としてはピッタリなんですが、じゃあリターゲティングと同じ直接的な投資対効果を出せるか?と言われると、そうではありません。

なぜなら、GoogleやYahoo!のアドネットワークで行うリターゲティングと比べると、CPMとCPCが高いからということと、ターゲットの深さが異なるのでCVRも低くなる傾向にあります。配信結果をブランドリフトで評価することが推奨されるgumgumを、CPAで評価するリターゲティングの代替として語られているのが盲点だと思います。多くの記事では技術の代替として語られているので、違和感を抱かないのです。

さいごに

日経の記事の最後にはこういった一文があるように「代替手法」という意味合いで本命はまだ見えません。ここには同意です。

どういった広告が今後の主流になるのか、本命はまだみえない。広告主は効果や消費者理解が得られるかを勘案しながら使い分けを模索している。

もともとは2022年の初頭にChromeが3rd party cookieを規制する予定だったので、代理店やベンダーの対策も差し迫っていましたが、2023年後半まで猶予が出来た状況です。この約1年半は大きいです。

私は個人追跡広告を今すぐ減らして、新しいものに手を出せば良いという話ではないと考えています。今できる成果につながる広告は粛々と続けながら、まずは自社のプライバシー&クッキーポリシーを磨いたり、自社のマーケティング施策を進めることをオススメしています。サイトの動線を改善したり、サイトの速度を改善したり、WEB接客の実装を検討するなど、広告に関係なく出来ることや、潰しきれていない課題は意外とあるものです。

つまり、規制の動きに向けて何もしなくて良い訳じゃないけれど、今すぐドラスティックにメディアプランやポートフォリオを変えれば良いという訳でもありません。少なくとも、この日経新聞の記事から受ける印象ほど、今すぐ「個人追跡広告」を減らして他のことをやるべきなのか?と問われると、答えはNOなのであります。

今回はそれをお伝えしたい一心なのでした。

追伸
各企業さんの施策については、外から読み取れる情報で自分の意見を述べさせていただきました。読み違えている可能性もありますので、ご了承ください。




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