見出し画像

YouTuberが不祥事を起こしたときの広告代理店の対応

芸能人やタレントが不祥事を起こすと、総合広告代理店は慌ただしくなります。当該人物が関わるTVCM、ラジオ、新聞、雑誌、イベントなど、可及的速やかに止めたり差し替える必要があるからです。

私が身を置くデジタルの領域では「当該タレントがバナーやウェブサイトで使用されている場合、広告を止めたり差し替える」といった対応が発生します。この対応は4マス媒体の関係者が休み返上で調整していることと比べると、デジタルは停止や差し替えが他の広告メディアと比べると容易に対応できるたため、そこまで慌ただしくはありません。

最近、私が対応したのはYouTuberの大宴会に基づくものです。

結論から先に申し上げると、このニュースに挙がっているYouTubeチャンネルには、私が担当するクライアントの動画広告が配信されないように設定しました。

デジタル広告でいったい何をするのか

YouTubeは広告で成り立っているプラットフォームです。動画視聴前に出てくる、5秒待てばskip可能なインストリーム広告が1番よく知られています。

画像引用元:Google広告ヘルプ 動画広告フォーマットの概要

YouTubeの広告は「Google広告」から出稿します。Google広告には、広告が変なウェブサイトやYouTubeチャンネルに流れないよう、予め除外する機能が備わっています。

広告を配信する際は、この機能や「過去に蓄積した除外リスト」を適用した上で配信しますが、今回のようにタイムリーな不祥事があると、このラベルではカバーすることはできません。そんなときは「このチャンネルには広告を配信しない」という設定を手動で行う必要が出てきます。

このように「プレースメント除外リスト」でチャンネル名を入れて指定すると、そのアカウントからの動画広告は、当該チャンネルに出ることはなくなります。サブチャンネルがある場合は、漏れなくそれも除外します。

チャンネル除外の影響範囲

除外すべきYouTubeチャンネルのリストは広告代理店内や企業が扱う広告全てで一律適用するケースもあります。

掻い摘んで手順を解説しますと、代理店が管理するMCC画面の[設定]から[サブアカウントの設定]を選択。

適用するアカウントを選択し「プレースメントの除外リストを追加」を選択し、予め用意したリストを適用します。

これを行うだけで広告代理店が管理する何百というアカウントから、当該チャンネルへ広告は配信されなくなります。

その後「どのYouTubeチャンネルを除外リストから解除しようか」という議論をすることは、ほぼありません。何故なら除外したようなリスクを含むYouTubeチャンネル以上に、健全なコンテンツはインターネットに幾万倍も存在するからです。

世にはIntegral Ad SienceやMomentumといった「質が悪いサイトやYouTubeチャンネルを除外する」サービスを提供している会社もあります。

画像引用元:モメンタム、国内初 YouTubeへのブランドセーフティな広告配信を実現する配信リスト「HYTRA DASHBOARD Safe Video List」の提供を開始

今回のような不祥事にあたるものは、こういったブランドセーフティを提供するサービス郡からも、配信すべきではないYouTubeチャンネルとして認識される可能性があります。

広告を出す企業はどう思うのか

YouTubeチャンネル除外の判断は代理店の一存で行うことも少なくありません。

「なんで、不祥事を起こしたYouTuberの動画にうちの広告が出るんだ!」と叱責されるケースは想定されども「なんで、不祥事を起こしたYouTuberのチャンネルを除外したんだ!うちの広告が出ないじゃないか!」と言われる可能性は、まずないからです。

報告会で「あのニュースのチャンネル達は配信除外しておきました」と事後報告するのみです。主題は「目標」や「成果」についての報告と議論なので「タレントの不祥事に伴う除外対応」は、デジタル広告という文脈においては主題にはなりえません。

余談ですが、企業や広告代理店は「不適切なYouTube動画には広告を流さない取り組みを徹底しています」と表明することは、SDGsと同じくらい社会貢献アピールになるのではないかとも思います。

広告代理店の人はどう構えておくべきか

テレビで活躍しているタレントのYouTubeチャンネルが次々と立ち上がっている時代です。

私がまず伝えたいのは、あなたがYouTubeの広告を管理している場合「有名人の不祥事があったら、YouTubeチャンネルの有無を確認して、自分の広告主の配信先から除外すべきか思考を巡らせたほうがいいかもしれない」ということです。

YouTubeはブランディングを目的に実施する場合も多いので、Google広告に備わっているターゲティング手法だと「リスクのあるチャンネルに広告が掲載し得る」ということは念頭においたほうが良いです。

自戒を込めてですが、この手の危機管理はTVCM、ラジオ、新聞、雑誌、イベントといった業界と比べると、デジタルの対応意識は低いと思います。理由は、デジタル広告の業務には他にも沢山のやるべきことが、とても沢山あるからです。私も重々分かっているつもりです。

でもその結果、広告収益が迷惑系YouTuberや、不祥事を起こしたときに炎上を糧とする態度を生む一つの原因なら、広告を流しているという観点で広告代理店またはインハウスの担当者に責任の一端はあるし、あなたがアクセスできる管理画面で出来ることがある、と思いました。

なぜ、炎上したYouTuberに広告が出るのか

YouTube広告のターゲティングのシステムに基づくものです。

ターゲティング広告というのは「人」か「面」または両方を捉えます。例えば「人」の場合。画像のようなアプリを普段使っているような「人」をターゲティングする、といった設定をします。

そして「面」の場合。どういったカテゴリに出したいか選択できます。

何が言いたいかといいますと、多くの場合は広告ターゲティングを考慮するときに「どのチャンネルや動画に出るか」という粒度では考えないということです。

「プレースメント除外」をしない限り、ターゲティング設定に該当する「人」か「面」であると判定されれば、企業があまり出したくないようなYouTube動画にも広告が出るということです。

安全策として何が出来るかといいますと、配信するYouTubeチャンネルや動画を指定する「プレースメント指定」という方法が存在します。

これはリスクのある面への掲載を担保する上では確実ですが、コンテンツと利用者が増え続けているYouTubeのポテンシャルという意味では狭く収まってしまいます。

ブランディングの観点で掲載面を事前に確定させなければならない、というケースでない限りあまりオススメできません。YouTubeの広告を上手く使う上では「人」と「面」のターゲティングを使いこなすことが重要なのも、また事実なのです。

Googleはどういうシステムにするべきなのか

私はGoogleが「除外」の機能を充実させる余地があると思います。

すでに動画クリエイター向けに「広告掲載に適したコンテンツのガイドライン」が存在するので、コンテンツの内容という意味ではリスクヘッジがなされています。

総再生時間といった諸条件とコンテンツの要件を満たせば、理論上はどのような人物でも収益化の恩恵を受けることができます。しかし、これだと「誰のコンテンツなのか」という観点が抜けています。

デジタル広告の配信先が検索やウェブサイトが中心だったときは、コンテンツの規約で十分でした。ただ動画の時代では「誰が提供するコンテンツなのか」「誰が出演するコンテンツのか」が同等以上に重要になっていると思います。

例えば狩野英孝さんのように、不祥事があってもテレビに復帰して特定分野でトップユーチューバーに上り詰めて好感度が高い人がいます。私も好きです。狩野英孝さんには広告の観点でゲームやエンタメ系の需要がある中で、過去の不祥事の種類からすると、絶対に広告を掲載できないと考える企業や業種も存在する側面を持っています。

例えば「動画クリエイターのトラブル」というラベルを用意して、広告掲載先として除外する選択肢があると、どうでしょうか。今回のようなネガティブなホットトピックスや、過去〇年以内の時系列を指定できたり、トラブルの種類が予めラベリングされ、種別に応じて自動的に除外をするという選択ができるといった形です。

色んな問題が出そうなのであくまで例として捉えていただくものとして、動画の時代に「誰が提供するコンテンツなのか」「誰が出演するコンテンツなのか」に基づいて配信を指定、除外するニーズは高まってくるのではないかと考えています。

なぜなら、今回のように不祥事が出る前は、広告掲載には何ら問題のなかったクリエイターのコンテンツが、不祥事発覚後、当面は広告を出したくないコンテンツになりえてしまうからです。「作品外の言動」でここまでコンテンツの質が変わるのは動画ならではで、ウェブのルールというよりはテレビなど従来のメディアのルールに近いと言えます。

自粛破りYouTuberのその後

今の仕組みだと不名誉だとしても話題が集まって再生数が集まって、それを好機とネタにした動画が投稿され、それをキッカケに更に広告が流れます。謝罪動画には広告を付けないパターンが多いですが、注目されれば広告がついている他の動画が回ります。

飲み会に参加していたYouTuberの中でも、テレビタレントの方向性を志向していたであろう水溜りボンドさんは、飲み会に参加していた当事者1人が活動休止、初の冠レギュラー番組は放送休止となりました。

テレビで看板番組を持ち、オリンピックのスポンサー企業であるコカコーラのアンバサダー起用ともなると、求められる行動規範は人気の「テレビタレント」や「役者」と同水準で、謝罪動画でふざけられる立場の人との付き合いは距離をおくべきだったのかもしれません。


私は道徳を解きたい訳ではありません。YouTuberがどんな価値観で、どんな振る舞いをしようが、人様に迷惑を掛けなければ良いと思います。ただクライアントからマーケティング予算を預かる身として「広告の掲載先として適切なのか」というと、「除外すべきプレースメントと判断しました。

さいごに

「人」か「面」に基づくターゲティング手法で配信すると、企業のマーケティング予算が預かり知らぬYouTubeチャンネルや動画に広告が出る可能性はあり続け、広告費が動画クリエイターに還元される流れが発生します。そのシステムの土壌で育ったのが「小学生が将来なりたい職業」の上位であるユーチューバーです。

沢山の面白いコンテンツと同時に「再生数を稼げばお金をもらえる」と解釈された結果、そこからくる立ち振る舞いやジャンルというのも多く生まれています。

企業からすれば広告を掲載すべきではない不適切なコンテンツであれば、広告を掲載しないという判断がくだります。YouTube自体に広告を掲載しないという判断もありえますが、運用型広告の中でも良い結果を出せる方法の1つなので、そういったリスクを踏まえてでも「広告を出す」という意思決定をする企業が多いです。

今は広告予算を預ける側からすると「リスクのある掲載面を避ける」方法に乏しく、エコシステムのバランスがいびつなのだと考えています。

Googleは創業以来掲げていた「Don’t be evil(悪にならない)」を2018年に行動規範から削除し、親会社「Alphabet」が「Do the right thing.(正しいことをしよう)」という新しい規範を設けています。

今よりも健全さを多方面から強く求められたときに、収益化のルールをより厳しくする未来は遠くないのかもしれません。また、すごく矛盾することを言いますが、その時がYouTubeが面白くないプラットフォームになる瞬間なのかもしれません。

だいぶ長く書いてしまいましたが「広告の出先として不適切」と判断されると静かに広告配信先から除外されていくので、動画クリエイターの方々におかれましては、こういった機能が存在する、ということを念頭に活動されるのが良いのではと思うのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?