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視力0.03のきらめき

視界の隅に咲いていた向日葵は、名付けた人が落胆してしまうくらい、頭を垂らして眠っている。蝉が静かで、開かれない海水浴場、風鈴の音は消えて、息ができないくらい暑い。
もっと夏って溌剌で、キラキラしていたはずだったのに。こんなに苦しい季節だったっけ。


こんな日常から逃げ出したい。
でも、一体どこへ行けばいいのか分からない。
どこに着地すれば満たされるのだろう。
毎日生きているふりをするのに必死で、時間に埋もれていく。
このままだと心まで狭いところに閉じ込められてしまう。ここじゃないどこかへ、逃げるように海へ行った。


古いマンションをリノベーションした小さなホテル。"空の色を写した液体"を一望できる大きな窓が、「これが夏だよ」と両手を広げて迎えてくれた。
青空に薄い線を描くように雲が流れる。
波の水泡がゆっくり溶けていく。
幸福の溜息が漏れる。
日々の煩悶も消えていって、何も考えなくていいと赦された時間だった。

翌朝。眠い目を擦り、窓辺の椅子に腰掛けて日の出を待つ。
日焼けした恋人の首元と同じ色をした光が、瞳を透明な橙色に染める。
視力0.03の裸眼でもはっきりとわかる、スパンコールのような、海に散らばった光の煌びやかさが、私を深く惑溺させた。


綺麗だ。紛れもない幸福だ。


満たし続けてくれる場所なんてきっと存在しない。
この感動も、粗熱のようにすぐ冷めてしまうだろう。
でも、私は確かに、この瞬間のために、生きて、逃げて、ここまできた。心を取り戻しにきたんだ。

日常に戻って、心が濁って、また洗い流しに出掛ける。それを繰り返す。
濁らないように毎日丁寧に磨けない、不器用な私のままでいい。

見逃してしまう小さな幸せを探すために、行ったり来たり、逃げながら生きてゆく。
ぼやけた世界で目を凝らしながら、きらめく幸せに向かって。

"水辺に跳ねる光はその柔らかな髪に飾ろう"

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