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伝統文化を守りつつ、新しさを模索していく | 駿府の工房 匠宿 統括責任者 杉山浩太さんインタビュー

20年に渡り静岡の伝統工芸体験を牽引してきた駿府匠宿は、2021年5月、「駿府の工房 匠宿」としてリニューアルオープンしました。

施設の案内をしてくださったのは、プロサッカーリーグ清水エスパルスの元選手である杉山浩太さんです。

サッカー一筋だった杉山さんは伝統工芸のどこに魅了されたのでしょうか。また、株式会社創造舎の下で一新された匠宿が目指すのはどのような未来なのでしょうか。


静岡の工芸品を一番売れる人に

僕はもともと工芸品が大好きでした。「伝統工芸を何かしらの形で仕事にできればいいな」とは思っていましたが、具体的な接点があるわけでもなく、ましてや技術があるわけでもないので、漠然と夢見ていただけです。

創造舎の社長である山梨と出会ったのは、エスパルスの選手を引退して、エスパルスの営業として協賛してくれる企業を探していたころでした。

初めて営業に行った先が今の山梨社長のところだったんです。きっかけは忘れてしまいましたが、話の流れで伝統工芸の話題になりました。創造舎は人宿町で藍染のお店をやっているんです。

山梨社長と半年に一回くらい会っているうちに、「いつか一緒に何かやりたいね」と言ってもらえるような関係になっていました。とはいっても、僕は建築の知識も経験も皆無で手も足も出ないわけですから、そのときはたんなる社交辞令だと思っていました。

それからしばらく経って、創造舎が匠宿の管理・運営を担当することとなり、山梨社長から「一緒に働きませんか?」と連絡をいただいたときは本当に驚きました。

施設運営のことはまったく知らないし、会社のルールも変わった中、手探りでなんとか一年乗り切ってきました。まだまだ学ばなければいけないことばかりです。

職人さんたちは本当にすごい人たちばかりで、作品を生み出すまでは一人でできてしまいます。僕らの仕事はそれをいかに見せていくかです。

僕は静岡の工芸品を作れる人にはなれないけど、施設の管理を任されたからには静岡の工芸品を一番売れる人にならなきゃいけないと思っています。施設に関わって一年、新たに生み出せたものもあるんじゃないかと自負しています。

おもてなしは玄関から始まっている

まず、施設の入口からご案内します。過去の匠宿を知っている方々からすれば随分印象が違って見えると思いますよ。

もともと柱が多くあった入口外側を開放感のある玄関にし、お土産コーナーだったところをエントランスを兼ねる形にしました。

リニューアル前は中庭が入口だったため、せっかく来てくださったお客様が「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」の一言も声をかけられないまま帰られてしまうことがあったのではないかと思います。

ちゃんとお客様をお出迎えをしようとエントランスを整え、スタッフも配置しました。おもてなしは入口から始まっています

入口に掛かっているのはお茶染めの暖簾です。

こちらは匠宿の染物の工房長であり、お茶染めの第一人者である鷲巣さんが染めた作品です。藍染は一般的に知られていますが、鷲巣さんのお茶染めは廃棄される茶葉を使用する染色方法ですね。

エントランスには他にも駿河凧(するがだこ)、駿河蒔絵(するがまきえ)、駿河竹千筋細工(するがたけせんすじざいく)など、静岡で生まれた工芸品をディスプレイしています。

ガラリと変わった場所は他にもたくさんあります。視線を遮っていた木を減らしたり、モダンなオブジェを庭に置いたりもしました。

ただ、建物自体は23年間変えていません。変えたのは見せ方です。お客様の通られるルートを再確認し、より楽しんでいただけるようにデザインし直しました。

バックヤードで塀に覆われていた場所も、「施設に裏側があると町の雰囲気が出ないんじゃないか」と、きんつば屋にしてしまいました。ありがたいことに評判もよく、多い日で一日650個くらい売れています。

なぜいきなり「きんつば屋」なのかと疑問を持った方もいらっしゃるかと思います。私も最初聞いたときは不思議に思いました。

じつは匠宿の近くに長く続いていた和菓子屋さんがあって、そこから事業承継して匠宿で運営しているんです。

私たちは伝統工芸の継承だけではなく、伝統を包括した地域文化の継承の拠点にもなりたいと考えています。きんつば屋は「地域と一緒にやっていくぞ」という決意の表れでもあります。

先ほど通った部屋のカウンター下にあった石なんかも、この道沿いにある造園屋さんから買ったものです。そのように地域のものをここに持ってくることをとても大切にしています。

歴史と未来を結ぶ

ロゴも一新しました。コンセプトは「歴史と未来を結ぶ場所」です。

よく見るとわかるのですが、「未来」という漢字が上下で組み合わさっています。伝統を守りながらも新しい手法や見せ方を模索していく場所にしたいという願いからこのロゴを採用しました。

新しいロゴ

改修を始めたばかりのころはまったくイメージが湧かなかったんですけど、いざ完成してみると建築の力を感じずにいられません。

リノベーションを手掛けたのは弊社の社長、山梨です。エントランスのテーブルも山梨が見つけてきたものです。珍しい形の木ですよね。こうやって、一つひとつを社長自ら選んでいます。

もちろん、変わったのは内装だけではありません。各工房にトップクラスの技術を持つ静岡の職人が工房長として常駐しております。

今まではインストラクターさんが頑張ってくれていたのですが、さらにプロが常にいる現場となりました。職人一人ひとりに声をかけ、口説いて回ったのも代表の山梨です。

デザインディレクターも入れて、ブランディングを徹底しています。たとえば商品のポップ一つとってもデザイン部でイメージを統一してつくります。

リノベーション前に比べ、カップルや20代から30代のお客様が増えている印象です。「ここで働きたいです」と言ってくれる若い人たちもいて、すでに数名の若いスタッフが職人見習いとして働いてくれています。

静岡の文化を守りつつ、職人の後継者やパートナー、ファンを育成していくのが僕たちの使命です。同時に、静岡の魅力を再発見できる施設になりたいと考えています。

そのためにも、まずは工芸品に注目してもらわないといけません。施設の目玉に注目してもらわないかぎり、職人や技術にも目がいきませんから。

少し前までは一部の旅行会社しか匠宿のことを認識していませんでした。それを今は地域の企業まで拡大し、静岡の文化を知ってもらう取り組みを推し進めているところです。

オクシズの木材に触れる

ここは「星と森」というスペースです。建物の外観はそのままに、中身を大きく改修し、子どもたち向けの空間にしました。

いわゆる木育がテーマの空間で、ここでは木製の遊び道具に触れることができます。

材料には静岡市の中山間地である、通称「オクシズ」で作られた木材が使用されており、オクシズの文化や林業に興味を持ってもらう狙いもあります。

未就学児のお子さんにも楽しんでもらえますし、もう少し大きくなったらものづくり体験もおすすめです。静岡の職人さんたちが加工した挽物(ひきもの)のおもちゃを組み立てる体験ができるんです。

作ったものはもちろん持ち帰りできますので、夏休みの自由研究なんかにもいいのではないでしょうか。

「星と森」から山のほうへと続く道もすごいですよ。とても雰囲気がよいですし、古民家や有名なお店があったりするので、地域の方々と一緒に盛り上げていきたいと考えています。

古民家をリノベーションした宿泊施設やレストランの計画も進んでいます。なんといっても、静岡駅から車で15分ほどで来られてしまいます。個人的に一番注目している場所です。

企業研修に人気のスポット

ここは陶芸工房「火と土」です。陶芸工房はレイアウトを変えて室内が広く見えるようにしたのと、外から体験の様子が覗けるようにしました。

電動ろくろを回している方々がいますね。小学校高学年以上からは電動ろくろ、ちょっと小さい子たちには手びねりや素焼きの器への絵付けがおすすめです。

新人研修をここでやる企業さんが増えてきました。そんなとき職人の方が言うんですよ。

「だんだん土が乾いていくことが感じ取れますよね。土の感触の小さな変化に気づけるようになると、ちょっとした人の表情や心情の変化にも気づけるようになります。土も人の気持ちも一緒です」って。私も感心して聞き入ってしまいました(笑)

4月に作った作品が2ヶ月後に届くと言うのも、入社時の新鮮な気持ちを思い出すきっかけになってよいのではないでしょうか。

研修で使ってくださった企業の社員さんが休日に家族連れで来てくださったり、労働組合の方々に団体でご利用いただいたり、まだまだ可能性を感じています。

「伝統を活かす」とは?

こちらは竹細工と染物の工房である「竹と染」です。工房では職人さんが作っている姿を見学したり、組み立て体験なんかもできます。

こちらは静岡で有名な伝統的工芸品の駿河竹千筋細工です。駿河竹千筋細工は虫かごが起源なんですよ。

駿河竹千筋細工の虫かご

全国的には籠の目状に竹を編んでいくのが一般的だったんですが、静岡では竹ひごを組んで作る技術が発達しました。今では虫まで竹で作ってしまいますけどね(笑)

繊細さと丈夫さを兼ね備えた技術で虫かごのようなものから、このようなモダンなバッグまで作れてしまいます。

和服だけではなく、洋服にも似合うデザインになっています。これこそまさに「伝統を活かす」ってことかなと。

過去のしきたりやルールに縛られるのではなく、新しい文化とも柔軟に付き合っていくことが今を生きる伝統工芸には求められるのではないでしょうか。

僕のイチオシはこちらの照明です。じつは同じものが僕の家にもあります。

僕はこのタイプの照明をずっと探していました。以前は静岡で買えるところがなかったんですよ。取り寄せることはできたんですが、安い買い物じゃないので一度実物を見ないと不安じゃないですか。

なので、職人さんが実演をされているときに飛び込みで行って、創作の過程を見せてもらったんです。せっかく静岡で作られているのに、静岡で実物を見られないのは寂しいですよね。

僕が匠宿に来てから何点も照明の作品が展示され嬉しいです。本当に良いものがお客様の目に触れられるところに飾ってあって、なおかつ販売までしている——自画自賛かもしれませんが、贅沢な空間だと思います。

写真や言葉では伝わりづらい魅力

ここは工芸品を販売している場所です。静岡のものから全国のものまで取り扱っています。一点ものが多いので、どの作品もあっという間に売れてしまいますね。

こちらは静岡の工芸品である賤機焼の作品です。内側が福の顔になっていて、裏は鬼の顔になっています。徳川家康の時代から縁起物として伝わっています。

きっと、こうやって一つひとつの説明を聞けばおもしろいと感じてもらえると思います。工芸品の魅力は見えているものだけではありません。そこに潜む伝統の技術や職人のこだわりに魅力が詰まっています。

しかし、その魅力を写真や文章だけで伝えるのは本当に難しい。僕は広報もやるんですけど、説明しないと伝わらないことが多すぎます

だから、できることなら直接、匠宿まで足を運んでもらってご自身の目で作品を見ていただきたい。そして気になることがあれば僕たちスタッフまで気軽にお声掛けください。

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