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とうきび

夏だった。

目がさめたら、青い蒼い、いちめんの緑。
あたたかくて、眠たい目で、雲を見ていた。

私が生まれ、去りゆく季節。
青い蒼い、夏だった。



夏。

それは、太陽のひかり。
身を焦がすほどの、熱。

ときおり風が吹いて、
私たちはさわさわ、揺れた。

風が吹くと、あなたの匂い。
やさしくて、甘い。

あなたは緑の衣に守られて、
すがたを見せない。

きっとあなたは、大事なひとだから、
日に当たってはいけないのね。



私は想像する。
緑の衣の下に眠る、あなたの色。

きっと、綺麗な色している。
濁りのない、澄んだ色。

空の色、雲の色、星の色、水の色。
そんな色を思い浮かべる。
あなたの知らない、この世界の色。

空、花、風、草、木。
雲、蝉、人間、土埃、鳥、星。

目がさめたら、その時が来たら、
何も知らないあなたに、教えてあげよう。

緑の匂いを、くすぐったい風を。
なつかしい雨を、眩しいひかりを。


さわさわ揺れる、私。
金色にかがやく、私。

夏は、楽園の季節。
私は、夏の王女さま。

風になびいてきらめく、黄金色。
私は私を、夏を、愛していた。
幸福だった。


風が、変わったのだ。
すぐにわかった。
「ちがう」ということが。

寒さはなかった、ただ違っていた。
おわりが近づいていた。

楽園の季節が、おわる。
とうとつに理解した。

それからのことは、よく覚えてない。
刃物が私を、切り離す。
ガガガガ、耳障りな音。
機械油の匂い。

けれど、あなたも一緒だった。
あなたと私。
それだけになった。



目まぐるしい出来事があって、
箱に詰められ、がたごと揺られ。

ふいにまぶしくなったら、
周りにも、たくさんの私。
夏から切り離された、私たち。

つぎつぎと、誰かの手に渡っていった。
私もいずれ、そうなるだろう。

でも、よかった。
あなたがそばにいて、あなたの匂いがする。
あなたの匂いは、安心する。
それは、夏の匂い。

あなたの匂いだけは、
幸せだった日々と、ちっとも変わらない。
やさしくて、甘い。



ついに、その日がやって来た。
手にしたのは、女のひと。
真剣な表情で、かごに入れた。


私たちは、あついお湯に浸かった。
夏の暑さが、水に溶けているみたい。
あつい。なつかしい。
ぜんぶ夢みたいだ。

泡。あぶく。ゆらり、ゆらり。
何度も夢みた、あなたの色と形。
その色の、最後の夢をみる。
あなたは、とても綺麗だった。



あついお湯から、あがる。
靄のなか。辺りが霞む。
しだいに熱が、さめていく。

白い手が、緑の衣に手をかける。
私は、はっと息をつめる。
重なる重なる、緑の衣。
みるみるうちに、薄くなり、柔くなり。


あれ、よく見えない。
私は、緑の衣の一部だった。
あなたは、あなただった。
あなただけで、完結していた。


それでも、あなたを見たかった。
ずっと待っていたのだ、この時を。
あなたの色を、ほんとうのあなたを。



靄。緑。薄緑。

投げ捨てられた衣の私。
最後の最後に、目の端に、映った。

あなたの色。
ああ、見られた。
やっぱり、あなたは綺麗。
夏の太陽より、もっともっとやさしい色。
つやつやして、あたたかい。


私は、金色じゃなかった。
あなたに比べたら、王女さまなんて言えない。
あなたの上で、揺れていた夏。
私はあなたを、守ったんだ。

あなたはきっと、素敵な味がする。
私は、夏の残骸。

楽園を知らない、あなた。
可哀想な、あなた。
私の心には、夏がある。



意識がとおく、透けていく。
目の端に残る、あなたの色彩。
あなたの色が、ほんとうの黄金色だ。


無邪気なあなた。
真夏の天使。


つぎの夏に、また会いましょう。



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追記:とうもろこしがすきです
ひげのお茶もおいしい。

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