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【私の感傷的百物語】第二十九話 隙間

隙間が怖いのです。常に、ではありませんが、時々、隙間がものすごく恐ろしく感じる時があるのです。

例えば、夜、部屋で一人でいる時に、ふと見ると、扉がわずかに開いています。そのわずかなスペースに、心臓がドキリとしてしまいます。少ししか見えないほうが、かえって恐怖を煽るのでしょう。隙間から何がやって来るか。誰かの目が覗くか、何かが横切るか、指だけがじわじわと伸びてくるか……。考えないように、考えないように、と思うほど、強烈なイメージが目の前に現れ、耐えきれずに僕は、慌てて扉を完全に閉じるのです。

ただ、日本の伝統的家屋は隙間だらけです。不思議なことに、そうなってしまうと、わずかに風や光が漏れる障子戸や、中途半端に開いた状態の襖などは、我慢できないこともないのです。怪異が起こったとしても、防ぎようがないため、なるべく早く出ていってもらうしかない、という諦念の感覚が生じるのでしょう。

一番困るのは、西洋建築の隙間です。本来ならぴったりと閉じられているはずの場所で、ふいに隙間が出現すると、その怖さは二倍にも三倍にもなるように思えます。頑丈でぴったりと密閉された建物の中に、ひとたび怪異が入り込んでしまうと、大きな災いが起こりそうです。

もしも暖炉のある洋館へ僕が招かれて、誰もいない夜、応接間で一人待っているとしましょう。その際に入口のドアがわずかに開いていたら、僕はそこから見える暗闇を「少し気味が悪いな」と感じるでしょう。そして、足早に自分へあたがわれた部屋へと戻り、早めにここから立ち去ろうと考えていると、雷が一度、ゴロゴロと鳴ります。洋館の窓が一瞬真っ白になります。その直後、突然、部屋のドアがギギッと軋みながら動く音がします。鍵は掛けておいたはずなのに……と思いながら、僕は入口の方向を見つめます。ドアがわずかに開き、その隙間から真っ暗な廊下の闇が見えています。何者かの気配がして、僕は「誰だ」と叫ぶでしょう。隙間から霧が入ってきます。部屋のの視界がみるみるかすみ、じめじめした空気が肌を覆ってきます。隙間から、チラリと白いものが見えました。服か、肌か、いや目かもしれません。同時に、隙間の闇部分がぐにゃりと動いています。息遣いの音も聞こえてきました。「向こうへ行ってはいけない」と直感的に感じるのですが、しかし僕の思考とは真逆に、体は自立をどんどん失い、フラフラと正体不明の存在に向かって歩き出します。ドアノブに手がかかった次の瞬間……。

不穏な隙間を見て平常心を失うと、そんなことばかり考えてしまいます。

隙間の暗闇にはなにがあるか。

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