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【私の感傷的百物語】第十五話 マンホール

小学校二年生の頃だったと思います。教室の後ろに、学校が所有している本が並んでいました。その中には、小学生向けの雑誌も置かれていました。僕はこの雑誌が好きで、教室にあったものは全部読んだと思います。内容は、他愛のない漫画作品や、連載ものの小説などが載っていましたが、最後のページあたりに、短編の怖い話コーナーがありました。怖い話を嫌う子のために、前面には出さないようにしていたのかもしれません。この怖い話コーナーで当時の僕が震え上がり、今でも唯一、はっきりと覚えているエピソードがあります。

それは、マンホールにまつわる話でした。主人公の家の前で、以前、台風か何かで洪水が起こりました。この際、小さい女の子が、蓋の空いていたマンホールに吸い込まれて亡くなってしまいました。事件があってから、マンホールは時たますすり泣くようにカタカタと動くようになり、女の子の霊が憑いているのだと噂されるようになります。ある大雨の日、再び主人公の家の周辺は洪水に見舞われ、例のマンホールも水の中に没してしまいました。しばらくして水が引いた後、主人公は驚愕します。マンホールがもともとあった場所から、そっくりそのままなくなってしまっていたのです。そして、時を同じくして、小さい女の子が一人、行方不明になっていたのでした……。

最後の不条理な結末は、まるで不意に後ろから突き飛ばされるような恐怖を僕に与えました。文章横には、マンホールから真っ黒な手が少女に向かって伸びているイラストが載っており、これも恐ろしさを際立たせました。二十代の前半くらいまで、「なぜこの物語はこうした結末になったのか」という説明をつけることができず、たまに恐怖がフラッシュバックしてきたものです。夜中に思い出してしまうと、不安と疑惑、そして初めて読んだ時の無垢な衝撃がよみがえり、なかなか眠れませんでした。

現在に至るまで、自分の読書体験で、ずいぶんとホラーものの文章にも触れてきました。そんな中でも、やはり幼い時期から呪いのように繰り返し思い出されてくる物語というのは、特別感があります。そのため、僕にとって最も怖い「文章で書かれた怪談」は、この筆者の名も分からないマンホールの話なのです。

マンホールの蓋の下は、どうなっているんだろう。
興味半分、怖さ半分。

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