野村HD&證券業務改善命令(19年5月)

【概要】

何があったのか。令和元年5月28日の金融庁のホームページにまずは戻ってみる。

平成31年3月5日、野村證券市場戦略リサーチ部所属のチーフストラテジストは、株式会社東京証券取引所(以下「東証」という。)の「市場構造の在り方等に関する懇談会」の委員を務める野村HD関連会社等の研究員から、東証で議論されている市場区分の見直しについて、上位市場の指定基準及び退出基準が時価総額250億円以上とされる可能性が高くなっていると推測される旨の情報(以下「市場構造に関する東証における検討状況に係る情報」という。)を入手した。同ストラテジストは、同日及び翌6日に、野村證券社内及び野村HDの海外現地法人であるノムラ・インターナショナル(ホンコン)LIMITED(以下「NIHK」という。)の営業員2名並びに外部のファンドマネージャー1名に対し、市場構造に関する東証における検討状況に係る情報を伝達した。当該情報伝達を受けた営業員のうち、7名の営業員(うち1名はNIHKの営業員)が少なくとも外部機関投資家延べ33機関に対し、市場構造に関する東証における検討状況に係る情報を提供して勧誘する行為が認められた。
また、当該ストラテジストは、「閾値250億円という目線が急浮上」という文言を含んだ情報提供メールを多数の外部機関投資家に向けて送信している(以下、当該ストラテジスト及び当該7名の営業員が行った一連の行為を「本件行為」という。)。
 本件行為は、法令等諸規則に違反する行為ではないものの、一部特定の顧客のみに市場構造に関する東証における検討状況に係る情報を提供して勧誘する行為であり、資本市場の公正性・公平性に対する信頼性を著しく損ないかねない行為であると認められる。
 本件行為は、(ア)本件行為を適切に規律する規程が存在しなかったこと、(イ)本件行為に関与した社員がコンプライアンスの本質を理解しておらず、より有益な情報源を有していると示すことにより自らの評価を高めたいとの動機を優先し、市場の公正性・公平性の確保という証券会社にとって重要な役割に対する意識が不十分であるなど、証券会社の社員として求められる水準のコンプライアンス意識が欠如していたこと、(ウ)外部機関投資家に対する不適切な情報提供について、これを未然に防止すべき審査・監督体制が適切に整備されていなかったこと等を原因として発生したものと認められる。
 こうした実態を把握していなかったことに鑑みれば、野村證券経営陣は情報管理態勢に関する実効的な管理・監督を十分に行っておらず、経営管理態勢は十分なものではなかったと認められる。
(略)
 野村HDの取締役会は、情報管理態勢の見直しや社員の職業倫理の強化・徹底というグループ一体となって取り組むべき課題に対して、平成24年の増資インサイダー事案の教訓等も踏まえ、適切なグループ経営管理機能を発揮させるべきところ、その取組みが十分ではなかった

【法的条文】


今回はこの事象によって、野村證券とその親会社である野村HDに対して業務改善命令が下された。

金融商品取引法
(金融商品取引業者に対する業務改善命令)
第五十一条 内閣総理大臣は、金融商品取引業者の業務の運営又は財産の状況に関し、公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、その必要の限度において、当該金融商品取引業者に対し、業務の方法の変更その他業務の運営又は財産の状況の改善に必要な措置をとるべきことを命ずることができる。

(指定親会社等に対する業務改善命令)
第五十七条の十九 内閣総理大臣は、指定親会社の業務又は当該指定親会社及びその子法人等の財産の状況に照らして公益又は投資者保護のため必要かつ適当であると認めるときは、その必要の限度において、当該指定親会社に対し、対象特別金融商品取引業者の業務の運営又は財産の状況の改善に必要な措置をとるべきことを命ずることができる。

【市場構造の在り方等に関する懇談会】

東証が市場構造や関連する上場制度を巡る諸問題やそれを踏まえた今後の在り方を検討するために、18年10月29日に設置した懇談会で、東証のHPからも確認することが出来る。

座長を神田秀樹教授として、委員が池尾和人教授、大崎貞和株式会社野村総合研究所未来創発センター フェロー、翁百合株式会社日本総合研究所理事長、黒沼悦郎教授、武井一浩 西村あさひ法律事務所弁護士の5名だ。
現在、一般投資者向けの市場として、市場第一部の他に、市場第二部、マザーズ及びJASDAQの3つの市場が運営されているが、たとえば市場第二部・マザーズ・JASDAQの位置付けが重複し分かりづらいと言った各市場区分のコンセプトが曖昧であり、多くの投資者にとって利便性が低いといった点や、市場第一部へのステップアップ基準は、上場会社の持続的 な企業価値向上の動機付けの観点から十分に機能していない点等が指摘されており、これらを踏まえて今後の市場構造の在り方を議論する懇談会が設置されたものだ。

【有価証券上場規程(東京証券取引所)】

その名の通り、東証に上場するためのルール書。当然に市場構造が変わればこのルールが変わることとなる。
http://jpx-gr.info/rule/tosho_regu_201305070007001.html

全部で1500条を超える随分と量の多いルールブックなのだが、例えばこの中で指摘されているのは上場が廃止になる基準=退出基準が低すぎる、というもの。10億は非常に低い。

第6章 上場廃止
第1節 本則市場の上場廃止基準
(上場内国会社の上場廃止基準)
第601条
 本則市場の上場内国株券等が次の各号のいずれかに該当する場合には、その上場を廃止するものとする。この場合における当該各号の取扱いは施行規則で定める。
 (中略)
4) 時価総額
 次のa又はbに該当する場合。
 a 時価総額が10億円未満である場合において、9か月(事業の現状、今後の展開、事業計画の改善その他当取引所が必要と認める事項を記載した書面を3か月以内に当取引所に提出しない場合にあっては、3か月)以内に10億円以上とならないとき。ただし、市況全般が急激に悪化した場合において、当取引所がこの基準によることが適当でないと認めたときは、当取引所がその都度定めるところによる。
 b 当該株券等に係る時価総額が上場株券等の数に2を乗じて得た数値未満である場合において、3か月以内に当該数値以上とならないとき。

【法令違反には当たらない?】

この市場構造在り方見直しでは上場基準・退出基準が見直しされるのだから、その基準によって一部上場が維持できなくなる会社が当然に出てくる。株の売り買いを勧める證券会社にとっては非常に貴重な情報源だが、このナイショの情報源を使いまわしたことが問われた。
通常、このような証券市場に影響を及ぼす情報は「インサイダー情報」と呼ばれ、その情報を使った売買はインサイダー取引と呼ばれるが、ところが今回はこれには当たらない。

金融商品取引法
第百六十六条 次の各号に掲げる者(以下この条において「会社関係者」という。)であつて、上場会社等に係る業務等に関する重要事実(当該上場会社等の子会社に係る会社関係者(当該上場会社等に係る会社関係者に該当する者を除く。)については、当該子会社の業務等に関する重要事実であつて、次項第五号から第八号までに規定するものに限る。以下同じ。)を当該各号に定めるところにより知つたものは、当該業務等に関する重要事実の公表がされた後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買その他の有償の譲渡若しくは譲受け、合併若しくは分割による承継(合併又は分割により承継させ、又は承継することをいう。)又はデリバティブ取引(以下この条、第百六十七条の二第一項、第百七十五条の二第一項及び第百九十七条の二第十四号において「売買等」という。)をしてはならない。当該上場会社等に係る業務等に関する重要事実を次の各号に定めるところにより知つた会社関係者であつて、当該各号に掲げる会社関係者でなくなつた後一年以内のものについても、同様とする。

インサイダーは「上場会社等に係る業務等に関する重要事実」だが、今回の情報は「上場会社等」に関するものではない。そういった情報を扱うのが今回本当に悪いことなのかどうか、が問われた。
実際に、「特別調査チームによる報告書(要旨)」によれば、

2012年増資インサイダー事件を契機に、セールスのコミュニケーション・ガイドラインが制定され、ファイナンスなどのコーポレート・アクションについては、自身の憶測や推測は話さないことなど、法人関係情報の提供と誤解されないための前広な禁止規定が定められており、これは営業社員によって厳格なルールとして受け止めら、遵守されている。他方、本件のようにこれに該当しない重要な情報については何ら規定がなく、それゆえに、本事案の情報の伝達は問題ないと考える者もいた。(中略)また、ストラテジストのメールを受信した社員の誰からも問題提起がなく、前述のとおり、匿名アンケートでは、コンプライアンスを単なる法令遵守に限定して捉え、本件を「問題ない」と評価する意見も一部にあり、コンプライアンスが社会常識あるいは社会の期待に応えることを含めた概念であることを看過し、市場のゲートキーパーとして証券会社の役割を果たすという意識が未だ全社員に徹底されていないといえる。

という。社員の中にも法令に違反しないのだから問題ない、という意見があった。今回、その法の抜け穴とでも呼べる部分に対して、監督当局から厳しいメスが入ったのである。


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