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新月の女の子の記憶

あるところに、
図書館と雨の日と水やり当番が好きな、小さな女の子がいました。

ある日女の子は、
クラスの人気者の男の子から告白されました。

好きだよ、俺と付き合おう。

女の子は、沢山沢山考えました。
考えたけれど、ごめんなさい、と答えました。

その翌日から、女の子は、

クラスの全員に無視されるようになりました。

〇〇くんを振るなんてひどい、最低。
身の程を知れよ。

大好きな本に「死ね」と書かれているのを見たとき、女の子は悟りました。

向けられた好意には応えないと、ひどいことになる。

それから女の子は、好意には応えなければならないと思うようになりました。

どんなに怖くても、応えなければまた、ひどいことが起こる気がしました。

けれど女の子には、守りたい一線がありました。

それは、好きではない人と恋人にはならない、ということでした。

だから、どんなに好意を向けられても、恋人になろうと言われたらちゃんと断りました。
そうすることが、女の子なりの誠実さでした。

でも、翌朝、
インターネット掲示板には、女の子の悪口が、呪いのように書き綴られていました。

俺はあいつに傷つけられた。
あいつを許さない。

少し大きくなった女の子はまた、悟りました。

好意は簡単に、悪意に変わる。

やがて、女の子は大きくなりました。
田舎を出て、誰も自分を知らない大都会で暮らし始めました。

人が沢山いる街で、女の子は知らない男の人から声をかけられるようになりました。

ねえひとり?
俺と遊ばない?
名前は?

怖くなって、ごめんなさいと立ち去ろうとすると、男の人は怖い顔をして、女の子に唾を吐きかけました。

お高く止まってんじゃねぇよ、ガキ。

ある人は、曖昧に微笑んで逃げようとした女の子を、無理矢理路地に連れ込んでキスしようとしました。

女の子は悟りました。

ああそうか、男の人を怒らせたら、勝てない。
下手したら、殺される。

女の子は何もかもが信じられなくなりました。

誰の好意を信じたらいいか、わからなくなりました。

助けてと叫ぶことすら、怖くなりました。

叫んだらまた、ひどいことになる気がしました。

誰も傷つけたくないし、
誰のことも不幸にしたくないのに、

自分が生きているだけで、
皆が傷ついて、
皆が不幸になる気がしました。

ごめんね、ごめんなさい。
上手に応えられなくてごめんなさい。

女の子は泣きながら、夜を彷徨い歩きました。

今度生まれ変わる時は、
自分から誰かを好きになって、
自分が好きな人だけを愛そうと決めました。

新月の夜、
女の子は星となり夜に流れました。

そして月の綺麗な夜に、
女の子の魂は、別の肉体に宿りました。

それが、

今の私です。

眠れない夜のための詩を、そっとつくります。