少女と母
「本当に地獄なのはね、親を嫌いになれないことなんだよ」
TULLY'Sの窓際席で、少女はそっと呟いた。
ぬるくなったミルクティー。曇った窓ガラス。
「私の母は、世界で一番優しいひとなの。かなしくなるくらい優しいひとなの。それなのに」
手つかずのケーキ。半分に折られたナプキン。
「私はあの人といると、息が出来ないの」
絶望的でしょ、と少女は笑った。
かなしくなるくらいの美しさで。
「生まなきゃ良かったと思われて当然。でも、たとえ一瞬でもいいから、生んで良かったと思わせてあげたかった」
ボリュームを落とした音楽。コーヒーとミートソースの匂い。
「お母さんのこと、愛していた?」
僕は二杯目のコーヒーに口をつけ、そっと尋ねた。
少女はすぐには答えなかった。灰色の空を眺め、ささくれた人差し指の先を噛み、ミルクティーを飲もうとして、やめた。
少女は何かに縋るように、何かから逃れるように、そっと手を伸ばし、冷たいガラスを指でなぞりながら、一言
「愛していたかった」
そう言った。
刹那、
少女は細い雨になった。
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。