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椎の木とあの日

文章講座の宿題、ショートショートの6月の公募、「幕」をテーマの短編小説。幕について考えたことなんてなかったけれど、幕、幕、幕~!と呪文のように唱えつつしぼりだし。
書いてみたら、、、テーマが「幕」とはちょっと違ったかも。そんなわけで、公募には出さなかったけれど、せっかくなのでここにアップにもえいっと挑戦します。もしかすると、最初で最後のショートショート?いやいや、7月の宿題もあるんだよー。続くはずなのだー。

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椎の木とあの日

 抜けるような空を見上げながら勢いよくペダルを漕ぐ。小学4年生の夏休みがはじまった。ワンピースを翻しながら自転車を走らせていると、どこまでもいけそうな気がしてくる。ひとつ踏み込むたびに、ぐん、ぐん、とスピードが増していく。風を受けるほどに心が軽くなっていくよう。道路の向こう側には大好きな椎の木がみえる。あ! それはまったくの突然だった。気が付いたときにはもう目の前に車があった。どん、と音がした。はず。なのだけれど、全く音はなかった。無音の世界にゆっくりゆっくり時が流れていく。空を飛んでいた。自転車にまたがったまま宙を舞っている。そして、そのままの状態で、ぽん、と着地した。何事もなかったかのように、わたしは変わらず自転車に乗っていた。血相を変えながら駆け寄ってきた男性は、自転車にまたがるわたしが無事なことがわかると急に怒りだし、わたしを責め立てた後走り去っていった。目の前にはあの椎の木だけがあった。何が起こったのか理解できなかった。これまでと同じ景色の中で、違う世界に降り立ったような感覚だけが広がっていた。
 あの日から、ふいに今いるところがわからなくなり目の前に見えている世界を度々確かめるようになった。お父さんとお母さんはあいかわらず会話をしないし、おばあちゃんは嫌みばかり言っている。ぬいぐるみのあんちゃんのくたくた感もところどころにあるシミも大好きなままだ。同じだ。同じはずだ。なのに時々すべてが遠くなり、気が付けば、わたしは観客席に座ってスクリーンの向こうに世界をみているようだった。わたしをよそに、次々と目の前で物語は展開していく。ここから眺めていると、わたしのこころは静かで穏やかだ。

 椎の木のてっぺんから、あの日空を飛んだ場所を見下ろしてみる。夢だったのかもしれないと、あの日の出来事の輪郭が曖昧になっていく。椎の木のてっぺんのこの場所はわたしのお気に入りだ。一番上の枝にまたがって幹によりかかる。葉に囲まれてちょっとした隠れ家だ。運動は苦手なわたしだったけれど、この木には友だちの誰よりも最初に、てっぺんまで登ることができた。わたしの背丈よりもうんと大きな椎の木を前にして、最初の枝に手をかける。最初の枝に登ったら、次はこの枝に手をかけて、このくぼみに足をかけるんだよって木が順々に教えてくれた。その時からますますこの木が大好きになった。ゴツゴツとして乾燥した木肌は頼もしくて暖かかった。椎の実の硬い皮をむいてを口に含めば、甘くてとろける感覚と一緒に椎の木とひとつになる。てっぺんから見渡す運動場や校舎がいつもと違ってみえる。下にいる友だちとぐんと違うところに来たような気がする。わたしとまわりとの世界の間にさわやかな風が吹いているのがみえた。

 秋晴れの澄み切った空、わたしは位置についた。もしかするともしかするかもしれない奇跡のような出来事をほんの少しだけ期待して息をのむ。いちについて、よーい、ドン!ピストルの音がなる。砂ぼこりをあげて一斉に走り出す。一歩一歩踏み出すたびに、前の子との距離が離れていく。そのたびに、ほんの少しの期待はぐんぐん小さくなっていく。変わらず最下位だったかけっこ。いつもの通りで慣れっこな結果だ。走る前から知っていた通りの結果を辿りながら、恥ずかしさが顔をだし居心地が悪い。お昼休み、母が用意してくれたお弁当を食べながら気持ちを切り替える。どの家族もにぎやかにピクニックモードだ。一人になりたくなって、運動場の片隅にある椎の木のところへ向かった。ごつごつとした木の幹に手をあてる。わたしと椎の木ふたり。どんな時も大きく優しい。椎の木の向こうにあの道路がみえる。あ! 同じクラスの男の子が道路の真ん中にいるのが見えたとたん、そこに車があった。どん。と音のない音がして、その子が宙をまった。舞っている。ボンネットにその子は着地した。人が一斉に集まってきた。その子はきょとんとしていた。どこもなにもなかった。あの子も空を飛んだ。あの子がゆっくりゆっくり空を飛んでいるのをわたしはみた。

 教室の隅で、いつものように男子の喧嘩が始まった。些細なことから始まった小競り合いは、少しずつ激しくなっていく。「やめなよ」と抗議する女子。「うるせえ」と言い返す男子。また新たな争いが勃発する。だんだんとみんなを巻き込んで争いは大きくなっていく。ふっとあの子と目があった。いつもは喧嘩の中にいたあの子がわたしと同じ観客席にいた。わたしたちは静かで穏やかな世界にいた。その世界の輪郭がくっきりしてくることに急に怖さを感じた。わたしは急いで目を反らし喧嘩をとめに入った。

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「木」って不思議。ページをめくるたびに驚いている本。世界はわたしの想像よりももっともっと遥かに多次元だ。

樹の不思議2

樹のかけら2

かけらの宝物箱に入ってるひとつ
樹の樹脂さんと一緒にぱちり

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