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やりたい仕事なんて、何だっていい

初めまして。岡 志津といいます。
私は、人前で話すのも文章書くのも苦手なので、先ずは考えてからアウトプットできる文章が書けるようになろうと、天狼院ライティング・ゼミを受講し始めたところ、週に2,000字の文章を書かされています(笑)
せっかく2,000字も書くのでnoteにも載せてみようと思い立ち、すでに何を書けば良いか分からなくなりながらこのnoteを書いています。

課題は全部で16回、なんと9月までの4ヶ月間、毎週2,000字の文章提出です!(マジか……)
提出した課題の中から、「コンテンツ」として認められた文章が天狼院のウェブサイトに掲載されるというシステム。

1回目の提出文章が奇跡的にウェブ掲載されたので、もしよかったら読んでみてください。
ちょっとかっこよく書きすぎてる感がありますが、在り方の肩書きであるbeの肩書きについて書いてみました。


***

仕事って何だろう。人生の多くの時間を費やすことになる仕事。それならば、できれば「自分がやりたい仕事」をしたい、と思う。誰だってつまらない人生にしたくない。就活中の学生さんや新入社員さんたちは特にそう思っているだろう。
でも、やりたいことが仕事にできている人なんて一握りのスゴイ人だけ。生まれ持った才能なんてないし私には無理。分相応でいいんだ……。
キラキラと輝いて見える「やりたいことを仕事にしている人」を見て、特に取り柄もないごく普通の中堅社員である私は、羨ましがりつつ諦めも入り混じり、そう思っていた。

「beの肩書きワークショップっていうイベントに行ってきたんだけど、面白かったからみんなでやってみようよ」
ちょうど1年前、友人が声をかけてくれた。
「beの肩書き」というのは、元greenz.jp編集長の兼松佳宏さんが考えた「あり方の肩書き」のこと。肩書きにはdoとbeがあり、○○社の○○担当などのいわゆる客観的な仕事内容からくるのが「doの肩書き」、自分の価値の源となるものとか自分らしさみたいなものが「beの肩書き」だそうだ。
若干分かりにくいので例を挙げると、doが宅配便の配送員の人たちの中にも、beが冒険家や保育士だったりいろんな人がいる。冒険家としての配送員の人は僻地エリアで本領発揮したり、保育士としての配送員の人はホスピタリティが高かったり。同じdoだとしてもbeが違えば、その人ならではの仕事への個性が出てくる、ということだった。

ワークショップをやってみると、友人たちのbeは「マップチェンジャー」や「探偵」、私は「リサイクルショップのキュレーター」だった。(キュレーターとは、特定の視点で集めて編集し、新しい価値を持たせる人のこと)ちなみに私のdoは「駅ビルの販促担当」である。
友人たちが「うんうん」と満足気な顔をしている中、私はなんだかしっくりくるようなこないような複雑な気分になっていた。

というのも、これまでdoは意識したとしても、beは「楽しく生きたいなぁ」くらいで、きちんと考えたことも言語化したこともなかったからだ。

だって今まで何したいかは聞かれたけど、自分のあり方なんて聞いてくれる人いなかったじゃん!
高校ではどこの大学に行きたいかだけだったし、大学でもそう。会社ではどこの部署で何やりたいかしか聞かない上に、聞くだけでやらせてくれないし!
と声を大にして言いたいのだが、ここでは抑えて。一旦冷静になろう。

友人との beの肩書ワークショップで学んだことを考えてみると……
doは直訳すると「する」だから「今やってる仕事」や「やりたい仕事」つまり「何をしたいか」。
beは直訳すると「ある」だから「自分のあり方」つまり「どうありたいか」。

どうありたいかが自分の根っこにあって、その上に何をしたいかあるってことか!
しかも、beが存在していてきちんと筋が通っていれば、doが何になっても自分というものが活きてくるんだ!

doとbeをごっちゃにして、beに大して意識を向けていなかった私の中で、何かが変わった瞬間だったと思う。

そう考えると、今までの自分の決断にも、その時の自分なりのbeが影響していたような気がした。
高校が超進学校で、同級生たちが志望校に東大だの京大だの書いている時、勉強は落ちこぼれだったけどわりと派手で友達は多かった私。そんな私が進学先に選んだのは美術大学。
この時のbeはきっと「みんなとは違うモノサシを持つ人」だったんだと思う。
以前はこの決断を、できない自分を認めたくなかった、勉強から逃げたんだと後悔することもあったが、beの存在に気づけた今では「18歳やそこらでよくやった!」と自信を持てるようになった。
当時のbeを貫いたから、今があるんだ。

そんなことに気づいてから、改めてbeの肩書きを考え直してみるとこうなった。
「受け取った大切なものたちを整理して、新たな価値を付加して循環させるリサイクルキュレーター」
これまで関わった人たちのおかげで今の自分があることに感謝し、次の代にその恩をつなげていく、そんなイメージだ。

さらに、このbeを意識することで気づいたことがある。
doは未来のための今、ということに対し、beは今を生きる、ということだ。

beは自分がやろうと思えばすぐに出来るので、達成した状態でいることができる。それに対し、doはやりたい仕事のようにすぐ達成できないことが多く、常に未達成の状態になるのだ。
doばかりだと、やりたいこと、つまり未来のために今が手段になってしまって、やってもやってもゴールが遠くにあることになる。
もちろん、やりたいことを決めてそれに向かって着々と進んでいくことで立派なことが達成されるという側面もある。ただ、常に出来ていない状態、不足している状態というのは精神的に辛い。それよりも、達成した充足感のある今を生きたほうがいい。

SNSにたくさん投稿をして、いろんなチャレンジをしている友人に久しぶりに会った時、楽しい話になると思いきや「あれもこれもやりたくてやってるんだけど、まだまだちゃんと出来てないし、焦っちゃう……。なんだか私ってダメなんだよね……」と言って落ち込んでいた。
当時は、こんなにも充実しているように見えるのに何故だろう、と思ったが、今なら「doじゃなくてbeだよ!」と言ってあげられる。

仕事って何だろう。
その問いの答えは、自分のあり方をより良くするための一つの手段、なんだと思う。
自分の根っこを大切にして、今を生きる。そのためにいろんな仕事をすればいい。

beを意識して仕事をするようになってから、doが人事異動で「駅ビルの販促担当」から「まちづくり担当」に変わった。まちづくりはそのまちに住む人々の暮らしを考えること。これまでまちを築いてきた人たちの想いをつなげていくという仕事はまさに「リサイクルキュレーター」というbeにぴったりの仕事だ。
つまり、beを意識していたら、仕事の方から私のbeに近づいてきたのだ。

社会人歴15年の私。beに気づいたのは少し遅かったかもしれないが、少しずつ自分なりのあり方が仕事にも染み出し、beをさらに深められるような新しい仕事にも挑戦出来るようになってきた。まだまだ実験中で完璧とは到底言えないが、キラキラとやりたいことを仕事にしている人たちをただ羨むことは無くなった。

あなたがもし、やりたい仕事ができないと嘆いているんだったら、まずは根っこになっている自分のbeを考えてみればいいんじゃないかな。
そうすれば、やりたい仕事なんて、何だっていい。
きっとそう思える。


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天狼院のウェブ掲載ページはこちらです。


文中のbeの肩書きが文中では「リサイクルキュレーター」となってますが、友人からリサイクルじゃなくてアップサイクルじゃない?とアドバイスもらったので、アップサイクルの方で行こうと思います。

受け取った大切なものたちを整理して、新たな価値を付加して循環させる「アップサイクルキュレーター」(でありたい)
今のところ言葉だけが先行してるので、追い付けるように。
今後ともどうぞよろしくお願いします。


〜追記〜
この文章が「天狼院メディアグランプリ35th Season 第1戦」で6位になりました!奇跡に次ぐ奇跡が起こりました!!
読んでいただいた方、ありがとうございました!


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