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遠い空

空を知らない。

目に入るのは、窓のない照明がともされた空間。
そこには、季節はない。
強制的に季節を与えられる。
太陽も、外の空気も知らない。
知っているのは、同じように自由を奪われたたくさんの鶏たちだけ。

足元は目の粗い金網。
つかむのが大変だ。
爪が研げないから、爪は伸び放題。
足を思いっきり広げたことなど、一度もない。
止まり木って、どんな感じなんだろう?
木に憧れる。

足の裏全体を、地べたにべたーっとくっつけて踏みしめてみたい。
土の上を歩いてみたい。
土の匂いを嗅いでみたい。
みみずを、つんつんしてみたい。
一度でいい、どんな感じなんだろう。

鬱陶しい羽根。
羽を広げることすら叶わないここでは、邪魔でしかない。

狭くて、ストレスしかない。
病気になっても、ケガをしても治療はしてもらえない。
もやしと卵は、物価の優等生。
経済学者の大好きな言葉。
だから、余計なお金はわたしたちにかけられない。

それでも、ここから出るわけにはいかない。
その時がくるまでは。


卵を産めない男はいらない。
必要なのは、卵を産むことができる女だけ。
男は、その場で捨てられる。
生後間もない段階で袋詰めされ、運が良ければ窒息か圧死、不運に生きながらえても産廃業者の手によって、この世を去る。
人間の世界では男がふんぞり返っているけど、採卵鶏の世界では男は何の役にも立たないゴミだよ。
生まれたその時点で、ゴミ箱行き。

でも、生き残ったからといって、幸せな毎日は訪れない。
採卵鶏は狭いケージの中で、ひたすら卵を産むことが宿命だから。
毎日、毎日卵を産むように品種改良されている。
自分に必要なカルシウムを削ってまで。
かつて誰かの言った、卵を産む機械。

強欲な人間のために、体を犠牲にしている。

小さいときに、くちばしが切られる。
麻酔もなしで。
痛いなんてもんじゃない。
つつく楽しみを奪われた、短いけど辛い人生がここから始まる。

ああ、またやってしまった。
ケージは狭くて、羽が広げられないの分かっていたのに。
また、骨折れたみたい。
骨折しても、治療なんてしてもらえない。
私たちには一円も余計なお金はかけられない。
だって、鶏は安いから。安くないといけないから。

体がボロボロになっても、まだ産みなさいって。
産むペース・品質が落ちれば、絶食。
強制的に換羽させられる。
なぜなら、それで品質もあがるし、また卵を産むようになるから。
でも、このときに命を落とす仲間がたくさんいる。

それでも、老いは誰にでも訪れる。

卵を産めなくなったから、いよいよ自由に生きられる。
やっと鶏らしく生きられる。
なんて現実は、残念ながら与えられていない。

役立たずになった女の体は、骨の髄まで人間の胃袋のために使われる。
缶詰、チキンエキス、加工食品。
みんな大好きチキンラーメンや、ベビースターにも使われているだろう。
老婆のエキスが。
普通に生きていれば年齢的には、まだまだ若鶏。
でも、心はおばあちゃんだよ。

しわしわになり、スカスカになった体から絞り出したチキンエキスや、つぶされて加工食品に姿を変えた私たちを感謝することもなく人間は食べ、そして、賞味期限が過ぎたからと、おいしくないからと簡単に廃棄する。


ブロイラーは、短期間でムクムク太るようにムリな品種改良をされている。一日も早く大きくして、出荷するために。

異常なスピードで大きくなる体に骨がついていかなくて、自分の体を自分の足で支えられない子もいる。
ひっくり返ったまま起き上がることができず、そのまま命を落とすことも。

フォアグラに限った話ではない。
ブロイラーだって、十分ムリな生き方をしている。

今日もそこここで喧嘩が始まる。
みんな殺気立っている。

ヒナの頃はそれなりに広かったのに、大きくなったらぎゅうぎゅう詰め。
体は大きくなっているのに、スペースは変わらないんだもの。
狭くなるよね。
だからといって、広いスペースは用意してくれないし。

だって、動かず食べ続けることが仕事だから。
動いたら、せっかく太ったのに痩せて体がしまっちゃうでしょ。
筋肉質になったら、肉が固くなっちゃうじゃない。
豊満ボディーのぶよぶよさんでいることが、何より大切なの。
ぶくぶくぶくぶく太り続けないといけない。

それにしても、糞尿が目に染みる。
ヒナの時から、一度も掃除してくれない。
地面は、たくさんの仲間の糞尿だらけ。
だらけというより、地面が糞尿でできているって感じかもね。

こんな環境だもの。
皮膚病にだってなるよ。
病気にならないように、たくさんの薬を与えられてはいるけどね。

足の裏にできた病気は、常に糞尿を踏むから、悪化することはあっても良くなることはない。
痛みで歩けなくなったとしても、それでも治療はされない。
太って、生きてさえいればいい。

なぜなら、生きていられるのは、ここに連れてこられてからわずか50日ほどだから。


いよいよ出荷される。
その道中の方が、もっとひどい。

カゴにぎゅうぎゅう詰め。
上にも下にも仲間、仲間、仲間。
立つことすら出来ない。
もう死を待つだけの身には、エサも水もくれない。

生まれてからずっと乱暴に扱われて、愛情なんてもらったことがない。

きれいだったみんなの羽も、薄汚れて抜けている。

最期、屠畜場に着いたら、逆さづりにされて電気ショック。
首を切られて熱湯に入れられる。
中には意識のあるまま、熱湯にいれられる子もいる。


牛や豚は、それなりに大切に育てられているのに、どうして鶏はこんなにもひどい扱いなんだろう。

松阪牛にでも産まれたかったよ。
あ、鶏だから名古屋コーチンの方がいいか。
烏骨鶏でもいいや。

地鶏に産まれていれば、大切に大切にされて、おいしいエサももらえて広い世界を知り、生きることを楽しむことができたのに。
人間も地鶏ってだけで、ありがたがってくれるしね。
それなりに高いから、残すことなんて考えないだろうし。
そこには、ちゃんともったいない意識が働くんだよね。


卵が物価の優等生は幻想。
勝手に作り出した願望かもしれない。
身動きの取れない空間で、安心して卵を産める環境も与えられない、そんな女の苦しみの上に成り立っている。

ブロイラーが生み出された当時は、夢のような存在だっただろう。
短期間で出荷できるようになり、技術の進歩はすごい、命まで自由に操れるようになったと勘違いしてしまった。
生体の品種改良は神の領域で、人間が立ち入ってはいけない分野だと思う。

優等生を続けるために、たくさんの鶏たちが自由を与えられない短い生を人間に捧げている。

そんなに卵を食べないといけないのか。
お弁当に卵焼きをいれないといけないのか。

卵が高いと文句を言う人は、自分がこのような環境で産み続けることを強要されたらどう思うのだろうか。
鶏肉は安いという人は、自分の体がこのように改造されたらどう思うのだろうか。


安さにとりつかれている今の日本では、適正価格に戻すことは難しい。

安いということは、どこかで誰かが、または生き物が我慢をしている。

安さばかりを追求し心をなくしてしまった、この異常な時代が一日も早く終わってほしい。
命をいただく立場にある私たちにできることは、せめても生きている間、苦痛やストレスを与えることなく快適に過ごしてもらうことだろう。

政界との癒着が噂されているこの業界に、自浄作用は期待できない。
命を命と思っていない。
ただ、自分たちの利益を上げるためだけの道具としか見ていないのだろう。

私たちの口に入る鶏たちが過酷な環境を懸命に生きていることを、私たちは知らないといけない。
見たくないものに目をふさいではいけない。

女性の地位向上に、女の私から見ても鬱陶しいほど過剰に反応する人たちが一定数いる。
でも、その人たちの要求は人間、つまり自分のことだけだ。
女性全体の地位向上と言いながら、結局は自分の地位を求めているにすぎない、私は、そう感じてしまう。
女の地位向上を本当に求めるのであれば、差別があってはならない。
そこに、平等は働かないのか。
見たいものしか見ないのか。

苦しみの上に成り立っている安さ。
その実態を知り、私に何ができるのか考えた。


感謝して残さずいただく。


私は、今日もいただく。

私が生きるために、感謝の気持ちとともに命をいただく。

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