帰還

「おかえり」

「ただいま」

「随分長旅だったね。疲れたでしょう」

「そうだね。ちょっと疲れたかな。
でも無駄じゃなかったって思うよ」

私はずっと箱の中に居た。

そこが私の居るべき場所だと思っていた。愛は溢れていたけれど、少し苦しかった。見えない棘がいつも私をチクチク刺していて痛かったのに、私が選んだ私の場所なのだから……私は膝を抱えて、時が来るのを待った。

ある時、思い切って膝を伸ばしたら怪我をした。

痛みは肉体よりも心にきた。

待っていたその時が来て、私はようやくその箱から出ることができた。

新たな広い世界に希望を持っていたけれど、そこはまた私自身が選んだ別の箱の中だと気づいてしまった。

新たな箱は、新たな見えない棘を隠していた。

過去の棘はずっと私を追いかけてきて、新たな棘と共に私を刺し続けた。そして知らず知らずのうちに私も私自身に棘を刺し続けていた。

苦しくて痛いのに、平気なふりをした。

絶望していたのに、笑顔を見せていた。

けれど、
私が私を見捨てそうになっても、魂は私を見捨てることはなかった。

自分への信頼と絶望のChaosの中、突如、今までに感じたことのない風が私に吹いた。初めてなのにどこか懐かしくて、でも心はざわついた。

手を伸ばし、その風に触れた。

触れるほどに懐かしく、心が震え、突き動かされ、掴みたくて堪らなくなり涙が溢れた。

「あぁ……ここなんだ。ここが私の帰る場所なんだ」

初めて、自分の居場所を感じた。

風の掴み方なんて知らなかったけれど、もう手を伸ばすしかないと思った。掴まなきゃいけない、そうせずにはいられなくなった。

それをしろと心が叫んだ。

私の〝手〟が、それだと教えていた。

私が選んで収まっていた箱は、もう十分に私に痛みと感謝を教えてくれたから、さよならする時が来たのだ。

風は、「今だよ」と、待っていたかのように私を運んでくれた。

「ありがとう。教えてくれて」

「ありがとう。信じて掴んでくれて」

もう膝を抱えなくてもいいんだよ。

おかえり