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創作物は嘘をつく

 どうにも世知辛いご時世なので、たまには笑った話でも。

 先日、テレビでたまたま見かけたトリオ芸人・ハナコの演じた「爆弾処理班」というコントが圧倒的に面白く、腹が捩れるくらいに笑ってしまいました。

 残念ながらYouTubeの各種公式チャンネルには上がっていないので、ここでは動画へのリンクを差し控えます。違法アップロードの動画はいくつかあるようですが、いつまで残っているか判りませんし、ご興味ある方は各自の責任の下で視聴するかしないかをご判断ください。

 以下、コントのネタバレを含みます。笑いのネタを先に割られてしまうほど野暮なこともありませんので、コント未視聴の方はご注意ください。





 舞台は、連続爆破予告事件の捜査本部。
 現場各地から続々と寄せられる「指示を乞う」という無線連絡に、指揮官の岡部さんが決断を迫られます。

 各地に仕掛けられた時限爆弾はいずれも似たような形状で、タイマーからは赤と青のコードが延びている。ステロタイプですが、だからこそ、どちらかのコードを切れば助かるんだな、という「お約束」がここで、シンプルに感得できます。この辺りの描写は巧みで、観客と瞬時にイメージを共有することに成功しており、とてもいいツカミだと思います。

 序盤は緊迫したサスペンスドラマ風ですが、岡部さんが下した指示に従ったA班の通信音声から爆発音が聞こえてきたことで、捜査本部の空気は一変します。沈黙。微動だにせず、まばたきすらしない岡部さんの、無念を滲ませた、しかし動揺を隠せない顔。静かななかに観客の笑いだけが聞こえてきます。

 この顔芸と「間」の作りかたも絶妙で、勉強になります。小説ではなかなか表現することの難しい性質の笑いですね。

 そしてB班、C班への指示を誤って犠牲者を増やしてしまった岡部さんの不運っぷりは、さらに加速していきます。

「赤を切れ!」
 ドカーン!
「青を切れ!」
 ドカーン!
「赤だ!」
 ドカーン!
「青!」
 ドカーン!
「青!」
 ドカーン!

 といった具合。無線連絡越しに畳みかけてくる爆発音が、笑いを増幅させます。聞こえた回数、じつに十回以上。

 しかし、ここでふと冷静に立ち止まって考えてみると、そんな不幸な展開はまずあり得ないことに気づきます。
 確率の話になってしまいますが、赤と青のコードのどちらかに必ず正解があると仮定して、たとえば十回連続で試行するとなると、不正解のコードを選び続ける可能性は(私の計算が間違っていなければ)約0.098%。0.1%にも満たない確率です。つまり、十回連続の試行を千セット繰り返したところで、十連敗する局面が一セットも出てこないことがある。確率的にはほとんど無視してもよいくらいの低さです。
 普通に考えれば、二回に一回は助かるのが道理というものです。

 しかし、そんなこと、言うまでもありませんが言うだけ野暮ってもの。

 んなこたぁみんな判って楽しんでんだよ、っていうやつです。

 創作物は時に嘘をつきます。
 フェアを旨とするミステリならさておき、SFだろうが恋愛だろうがロボットものだろうが異世界だろうが、所詮は虚構の産物です。目くじら立てて「これはありえない」と突っ込んでいる人がときどきいますが、それよりは虚構を所与のものとして楽しんだほうがよっぽど益もある。

 逆に創作者のほうも、虚構と現実の狭間で苦悩したり躊躇したりしてしまうことがあります。本当にこれでいいのだろうか、リアリティーが損なわれていないだろうか、という不安。たとえばアニメ『映像研には手を出すな!』の登場人物・浅草氏も、よくこの不安に取り憑かれていました。創作にはつきものですが、創作の途上でそれをやってしまうとドツボに嵌まりかねないので、慣れないうちは、まずは最後まで描ききってから考えてみるほうがよいかもしれません。踏ん切りをつけて描いてみたら、案外、面白くなったりするものです。

 実際、有り得ないようなことが起こってしまうのが現実の恐ろしさでもあります。逆転満塁サヨナラホームランや嶺上開花なんて漫画だけの話かと思ったら、現実に起こった例はある。捜査本部の岡部さんだって、本当に驚異的な悪運の持ち主だったかもしれないわけです。演技によって「さもありなん」と納得させてしまうその極端さが面白いのであって、思い出すだに笑ってしまいます。

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